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オリジナルSS「メイドトレイター」5話

ものすごく久々に5話を更新。
大分前から書いてあったのですが、読み直す暇がなかったので、だいぶ放置しておりました。
お待たせしました。新しい子が登場します。(まだ名前出てこないけど)
それではどうぞ
↓↓

前回のあらすじ
赤リンゴの常連客であった、加山美和子と加山隆一の母子。
母親の美和子は、フリーメイドンによって連れ去られて、改造メイドにされてしまう。
アリスは美和子と戦うという、非情で卑劣な罠に苦しめられるが、辛くも勝利する。ひとつ、大きな罪を背負って。



午後の昼下がり。メイド喫茶赤リンゴには、ちょうど3時のおやつを目当てにした客がやってきていた。
休憩に立ち寄ったらしいサラリーマン。学校が終わったのか、のどの渇きを癒やしにきた女子高生。ずっとレポートを書いている様子の大学生。
みんなにとって、赤リンゴはちょっとした憩いの場であった。
アリスは少し疲れた顔色で、しかし変わらぬ笑顔で接客していた。
「ただいま」
ドアベルが鳴ると、ぶっきらぼうな挨拶とともに隆一が店に入ってきた。
----隆一は今、赤リンゴに住んでいる。
隆一は母子家庭だったうえに、その母すら亡くしてしまった。母方の親戚はおらず、父方の親戚に引き取ってもらおうとしたが、どうにも煙たがられてしまった。アリス達は深く事情を問いつめたものの、隆一に対する風当たりは、台風のようであった。
だが隆一は、そんなことがあったことも知らず、ただ「アリスと一緒に居たい」という自分の気持ちを通した気でいた。
隆一は、自分の母を殺してしまったアリスに償いをさせるという考えに生きていた。
それは隆一の中での復讐であり、けじめでもあった。幼いながらも、アリスがどんな経緯で戦っていたのか、どんな思いで戦ったのかを、必死に理解しようとしていた。
だが、そうすればするほど、隆一の中で割り切れない思いがこみ上げてくるのだった。
隆一は沸き上がる感情的な気持ちを抑えるように、しかしアリスの事を思いやる気持ちを吐き出すようにした結果が、今のような態度だった。
「あ、おかえり、りゅう君」
アリスはすぐに隆一に挨拶を返す。
一方の隆一は買い物をすませたバッグをおくと、アリスの方を見ることなく言い放つ。
「それがご主人様に言うセリフ?」
カウンターに居たサラリーマンが、ギロリと隆一を睨む。
窓際の席にいた女子高生も、ちらりと隆一を見た。
店の奥に座る大学生だけは、イヤホンで音楽を聴いていて、状況に気づいていない。
すぐさまアリスは姿勢を正し、隆一に対して丁寧に頭を下げる。
「もうしわけございません。おかえりなさいませ、隆一様」
サラリーマンは飲んでいたコーヒーでむせてしまう。
女子高生も、ぴくりと反応した。
大学生もようやく店内の様子を感じたのか、イヤホンをとって様子をうかがう。
アリスは顔をあげると精一杯の笑顔を隆一に送る。
隆一は、それでも顔を見なかった。そのせいで、アリスの顔が少し青ざめている事に気づくことはなかった。
「……ふぅ」
ハナミは思わず、だが誰にも聞こえないほど小さく、ため息をついてしまう。
隆一がさっさと店の奥へ入ると、ハナミはアリスに耳打ちをした。
「アリス、ちょっと店頼むわ。」
ハナミはこっそり隆一の後を追った。
「りゅう君、いや隆一。アリスの顔をどうして見てやれないんだ」
美和子の命を絶つしかなかったのは、アリスにとって、千慮の一失かもしれない。
しかしそうしなければ、アリス自身だけでなく隆一を守れなかったのも事実だ。
「別に、これでいいってアリス姉ちゃんと決めたんだ。俺はもう、アリス姉ちゃんのご主人様だ。俺の怒りが収まるまで、アリス姉ちゃんは俺に尽くすことで、母ちゃんのことを許すって決めたんだ」
「隆一、いいかい。あたしもあんまり言える立場じゃないけどさ。こんな事になったのだって、フリーメイドンが原因なんだ。アリスに当たるのは、筋違いじゃないか」
隆一は地団駄を踏むように床を踏みつける。
「うっせぇ!!あの時……あの時、母ちゃんは確かに正気じゃなかった。俺を……俺を、殴ろうとしていた!なのに、なのに殴ろうとする手を振り下ろせなかった!きっと母ちゃんは、まだ母ちゃんとしての意識があったはずだ!それなのに、アリス姉ちゃんは、母ちゃんを倒してしまうことしか考えなかった!それがどうしても、どうしても許せないんだよ!」
「……気持ちはわかるよ。だけどね隆一、アリスに聞いたんだけど、あのとき美和子さんはあえて自分を倒してくれと言っていたそうだ」
「ほんとに……?なんで?」
「自分の意識があるうちに、隆一を傷つける前に、早く!って。あれ以上迷っていたら、倒せなくなっていた。確実な方法を選んだのは、アリスというより美和子さんの方だったのさ」
「そう、だったのか……」
ハナミの言葉に、隆一は一応の納得を示す。
ハナミはポーカーフェイスの頬を伝う汗に、緊張を乗せる。
「どうかアリスを責めないでやってくれ。あの子は、いろんな事を一人でしょいこもうとしてしまう嫌いがある。そして、そんなそぶりを他人に見せないよう、自分が本来できる以上にがんばってしまいがちなんだ。
そんなアリスをずっと見ている私だって、辛くなるよ」
「……俺、よくわかんねぇけどさ。ハナミ姉ちゃんは、アリス姉ちゃんが悪くないって言いたいのはわかったよ。でも、俺自分の気持ちがよくわかんないんだ。アリス姉ちゃんの事は好きだよ。だけど、母ちゃんとの事を考えると、許せないけど、でも心から憎む事ができなくて、なんかもう、どうしていいかわからなくなるんだ。思い切り叫んでしまいたい気持ちになるんだよ」
ハナミはそっと隆一を抱きしめる。
「隆一はすごいな。こんなちっこいのに、相手の気持ちをしっかり考えられるなんて。とっても優しくて、とっても強いよ。ごめんな、お姉ちゃんたち、隆一にお願いすることしかできなくて」
「おい、放せよ!そんな風にほめられたって、俺、なんて言えばいいのかわかんねぇよ……」
ハナミはそっと隆一から離れた。
「あたしとしちゃ、アリスを許してやって欲しいんだ。そうしないと、アリスはいつまでも苦しむことになる。でも、それを決めるのは隆一だ。どうするかは、隆一の好きにしたらいいさ」
「……わかったよ。いいよ、俺、アリス姉ちゃんを許すよ。そうしないと、いつまでもアリス姉ちゃんと普通にお話したりできなくなりそうだし」
その答えにハナミはほっとし、笑みをこぼす。
隆一はもう一度店内に足を運ぶのだった。

「あ、隆一様」
アリスの声に、隆一は思わず目をそらした。
隆一はぽりぽりと頭をかきながら言い放つ。
「もう様呼びはいいよ。今まで通りでいいから。変にメイドっぽい態度とらなくてもいいからさ」
アリスは隆一の顔をのぞき込むと、意地悪く問いかける。
「えぇ~、ボク、メイドとしてメイドらしい態度を示すのって生き甲斐なんだけどなぁ」
「バッ、へ、変なこと言ってんじゃねーよ!とにかく、今までのはナシ、ナシ!」
「……りゅう君、ボクのこと、許してくれるの?」
隆一はキッとアリスを睨むが、すぐに視線をそらし、ぼそっと呟いた。
「悪いことしてない奴に、許すも許さないもないだろ」
「んー?」
アリスは口元をほころばせ、首を傾げてさらに隆一の顔をのぞき込む。
「ちょ、顔ちけぇって!いいから、もう俺は気にしないから、アリス姉ちゃんも気にしないこと!」
「うん、ありがとう」
「フンッ……」
アリスは起きあがると、店内の仕事に戻る。
隆一は遠くに離れて、ようやくアリスをまじまじと見ることができた。しかし、隆一はアリスの顔を見て唖然とした。
アリスは明らかに青ざめた顔をしていた。とても辛そうなのに、そうは見えないよう、取り繕うようにして、いつもと変わらぬ笑顔を振りまいていた。
隆一は自分が許せなくなった。自分の感情一つで、アリスをここまで追いつめてしまったと、自分を責めた。
隆一はアリスを指さしながら、ハナミにアリスの体調について問いかける。
すると、ハナミはすぐにアリスに歩み寄る。
「アリス、なんだか顔色悪くないかい?」
「いえ、その、だ、大丈夫ですよ」
アリスの言葉とは裏腹に、もはや、具合が悪いのは誰の目にも明らかであった。
よろよろと歩くアリスは、普通ではなかった。ハナミから注文の品を受け取ろうとしたとき、ついに限界を迎える。
「あ、アリス君!?」
皿の割れる音が、店内全ての注目を集める。
アリスは大木が切り倒されるがごとく、地面へと崩れた。
アリスの体調不良は、紛れもなくストレスだった。
それは数々のショックな出来事、馴れない生活、悲しい戦いからくるものだった。
次々と状況に流され、フリーメイドンに対する憤りを支柱に、犠牲となった人々の思いを背負って生きていた。
それは、たとえフリーメイドンの改造メイドの体であっても、耐えられるものではない。
むしろ心と体の一致しない不安定な状態であるが故に、アリスを蝕んでいたと言える。



アリスが目を開けたとき、そこは自室のベッドの上だった。膝に重みを感じて視線を向けると、隆一が寝息をたてていた。外はもう夜だった。
アリスが起き上がると、ちょうど部屋にハナミが入ってきた。ハナミはアリスと目が合うなり、ほっとため息をついた。
「よく眠れたかい」
アリスは小さな声ではいと答えた。
「ゆっくり休みな。アリスってば、ここんとこ、がんばりすぎだよ」
「すいません……」
「謝るんだったら、休んでくれるんだな?」
アリスは質問に答えず、隆一の頭を撫でながら呟いた。
「ボク、どうしてこんなことやってるのかな」
「ずいぶん深刻だったか。ごめんね、アリス君って、なんだかんだで今の『アリス君』であることがとても上手だから、気がついてあげられなかったよ」
ハナミはひしとアリスを抱きしめた。
「……今はアリス君であろうとしなくていい。何も気にせず、今までの自分に戻っていいんだ」
ハナミからは、アリスがかつて嗅いだことのある懐かしい香りがした。
アリスは目を閉じ、ほんの一時の間浸った後、そっとハナミの手を掴む。
「ハナミさん、ありがとう。気持ちはうれしいけど、ボクはもう過去に戻るつもりはないんだ。どんなに懐かしくても、帰りたいと思っても、もう戻ってはこないから。それに、ボクががんばらないと、ボクみたいに悲しい人生になってしまう人が増えてしまうから」
「アリス……だから倒れちゃうんだよ。でも、きっとアリスがそんな優しい子だから、こうやって力になろうって思えるんだろうな。アリス……頼むから、元気になってくれよ」
「うん、ありがとうハナミさん!」
ハナミは隆一を抱えて部屋へ連れて行く。
アリスは布団をかけ直すと、再び目を閉じた。


山麓に轟く稲妻に引けを取らぬほどの雷が落ちる。怒りの声は、洞窟の奥、フリーメイドンの基地内、首領の間からだ。
「えぇい、なんたる無様な結果よ!メイド軍師よ、とんだ失態をしてくれたな!貴重な合成メイド怪人を失ってしまった!」
フリーメイドン首領の怒りは、飲みかけのワイングラスに叩きつけられ、地面へと散らばる。
メイド軍師は表情を変えることなく、言葉を返す。
「お言葉ですが、私は正直なところ、此度の戦いでストロベリーメイドを倒せるとは思っておりませんでした」
「ほう、ではどんないいわけか」
「あくまで、奴の力量を計っていました。それは物理的な実力ではなく、心理的なものなど、総合的にです」
首領は怒りを鎮め、肘掛けに手を突いて身を乗り出す。
「して、結果は」
「ハッ!ストロベリーメイドは実力こそ合成メイド怪人として、完璧とも言える出来映え。攻撃力そのものなら、まさにメイドの中でも完全無欠。しかし、所詮偉大なるフリーメイドンによる洗脳を受けていない身。ゆえに、非情になりきれず、人間的に脆い部分があります。そこを攻めれば、必ず!」
「なるほど、よくわかった。では早速作戦をーーーー」
言い掛けると、大声が響く。
「ちょっと待ちなァッ!」
メイド軍師が振り返り、首も顔を上げる。そこには体格のいいメイドが一人、扉を背に立っていた。
「軍師ばかりに手柄を奪われては納得がいかねぇ。次はフリーメイドン四天王の一人、この騎士メイドの出番にしてもらおうか!」
首領はニヤリと笑う。
「よかろう。ゆくよい、騎士メイドよ!」
丁寧に敬礼する騎士メイドは、得意げな笑みを軍師へと向ける。
軍師は、持っていた扇子をしならせた。



「それにしてもアリス、結局あれからあまり元気になってないじゃないか」
ハナミの一言に、アリスは言葉を詰まらせる。
「そうだぜ、アリス姉ちゃん。前みたいに辛そうって言うよりは、なんだかため息ついてる感じだけどさ」
アリスは首を傾げた後、答える。
「実は、最近ずっと監視されているみたいなんです」
「なんだって!?まさか、フリーメイドンの仕業!??」
「いえ、そんな邪悪な気配じゃないんですけど。ただ、ひたすら不気味なんです。気配だけあって、ひたすら見られている、みたいな。最近買い物をりゅう君についていってもらっているのも、実はボクが怖いからなんです。それで最近、全然眠れなくて」
「さすがの改造メイドも、寝不足には勝てないってわけか。ため息ってよりは、欠伸だったってわけか」
「けどよ、よーするにそれって、ストーカーってことじゃないか。許せねぇ……!アリス姉ちゃんに嫌がらせする奴なんて、俺がとっつかまえてやる!」
隆一は拳を突き出し、捕まえる身振りをする。
アリスは顔を少しほころばせた。
「ありがとう、りゅう君」
「なぁアリス、その視線ってのは今も感じているのか?」
「はい、今も感じます。なんとなく、ですけど」
「なるほど……。ということは、今いる客の中にストーカーの犯人がいるわけだな」
店内にいるのは、サラリーマン風の男性、女子高生、大学生と思しき男性の3人。
どの人物も常連で、常日頃アリスの近くにいるという意味では容疑者候補である。
サラリーマンはカウンターの端っこに座り、忙しそうに携帯をいじりつつ、ちらちらとアリス達のいるカウンターの奥に視線を向けている。
「…………」
「なぁ、あのオッサンが犯人じゃないか。ヒゲが濃いし、気持ち悪いくらい七三分けだし、なにより目線が変態っぽいぜ」
「りゅう君、見た目で判断しちゃ失礼だよ」
「ごめん。でも、なんであんなにこっち見てくるんだよ」
質問に対し、ハナミが意地の悪そうな笑みを浮かべて耳打ちする。
「そりゃあきっと、隆一がアリスを見るのと同じ理由じゃないかな?え、おマセさん?」
「バッ、お、俺はそんな目でアリス姉ちゃんを見た覚えなんてねぇよ!ったく、わかった、あのおっさんは怪しくないな!それじゃ、向こうの兄ちゃんか!?」
隆一が指さしたのは、店のもっとも奥に座る大学生らしき男性。
彼はいつもヘッドホンをしながらレポートを書いている。それ以外の行動を、誰も見たことがない。
「うーん……よくコーヒーと甘いものを注文されていて、きっと法学部系なのでしょうか、難しいレポートを書いていらしたのですが」
隆一は腕を組んで考えた。
「いや、レポートは口実で、毎日アリス姉ちゃんを見に来るのが真の目的かもしれない!」
再びハナミが意地悪く答える。
「へぇ、隆一がアリス君を見たいがために”喉が渇いた”って、言ってたみたいに?」
「俺はちげぇよ!そんな、せこいマネをしたりはしねぇって!
ん、コホン!ああ、じゃ、じゃあ、あの女子高生の姉ちゃんか?」
最後に犯人と睨んだのは、窓際の席に座る、女子高生だ。
近所の高校の制服を着ていて、この中では一番身元が割れている。
三つ編みをしてめがねをかけているという、いかにもマジメそうな雰囲気の子である。
「あの方はいつも窓際の席に座っていますね。物静かで、ポエムが趣味らしく、ハナミさんの入れるハーブティーを飲みながら、ああやって手帳にメモをとっているのが日課になっているみたいですよ」
「……別におかしいとこなんて、なんもねぇな。ちぇっ、結局誰も犯人じゃないじゃないか」
「隆一、まだわからないよ。改造メイドであるアリスに感づかれないほどのストーカーだ。普段の素行では、決して尻尾を見せないだろう」
「そんなすごい奴、どうやって見つけるんだよ」
ハナミはアリスと隆一を引き寄せ、さらに小声で話しかける。
「……いいか。相手はストーカーだ。アリスの事ならどこまでも追いかけてきても不思議ではない」
きょとんと相づちをうつアリスに、ハナミはニッと静かに笑う。
「そこで、アリスにはあえて囮になってもらうんだ」



アリスはテーブルを拭き終えると、額の汗を拭った。
一区切りついたのが合図だ。
「アリス、悪いが買い出しにいってくれ。いつものかごに財布とメモをいれといたから」
「はい、わかりました」
ハナミは小さくウインクして、アリスを応援した。
アリスが店を出ると、すぐさまサラリーマンの男がお勘定を払う。
男が出て行くのを確認すると、ハナミはひそかに携帯のメールをうつ。
「(アリス、一人出て行った。どう?)」
ほんの一時たつと、すぐに返事が来た。
「(今は違和感がありません。おそらく、違う人です)」
容疑者は二人になった。
ほとんど時を待たず、次に女子高生が店を出て行った。
それとほぼ同時に大学生を出て行く。
二人とも、アリスの出て行ったほうに向かった。
「俺、行ってくる!」
隆一がこっそり後を追った。



アリスは一瞬で気配を感じた。
店の中で感じていた、背筋がぞくっとする、どこかおどろおどろしい感覚である。
思わず振り返りたくなる気持ちを抑え、そっと携帯でメールを送る。
「(ハナミさん。感じます。来てます)」
「(そのまま普段通り、用事をすませてくれ。後ろから隆一が見守っているからさ)」
アリスは表情を平静に繕うと、少し足早に歩き始める。
アリスが感じる気配は距離を一定に保っており、距離を縮めるでも離れるでもない。
ひたすら不気味だった。
アリスが買い物を終えた頃、ようやく隆一から合図がくる。
それは、作戦の開始を示すものだ。作戦はいたって単純で、比較的高い塀の家が建ち並ぶ細い通りに誘い込み、そこでアリスが振り返り、後ろからついてきた隆一とともにはさみうちにするものだ。
ようやくの合図に、アリスはほっとしつつも、少しだけ疑問を感じていた。
本当は、買い物を済ませる前に作戦を決行し、さっさと犯人をとっちめる予定であった。それなのに、ここまで時間がかかったのはなぜだろうか。
首を傾げつつも、アリスは打ち合わせ通りに振り返る。
目に入ったのは、隆一の姿だけである。
……いや、かろうじて電信柱に隠れた影が二つ見えた。
どうやら隆一からの連絡が遅かったのは、最後まで犯人を絞れていなかったからだった。
アリスの鼓動がひとつ高くなった。
アリスは隆一と視線を合わせると、互いに無言で頷いた。
二人はゆっくりと電柱の陰に近づいていく。
鼓動が、ますます高くなっていく。
戦闘とは質の違う緊張感に、アリスは息を飲む。
すると、先にアリス側の電柱から一人、飛び出した。
出てきたのは、女子高生の方だった。
「あ、あの……」
彼女はもじもじしながら、アリスに声をかけてくる。
「こんにちは。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」
アリスはあくまで普段通りに接する。
それに対して、女子高生はどこか申し訳なさそう似答えた。
「すいません、その、思わず隠れてしまって……」
ストーカーのいいわけとしては苦しいが、彼女の素っぽいしぐさのせいか、どこか納得してしまう。
「どうして、こんなところに?」
「それは、あの、その……」
女子高生はもじもじしながら言葉に詰まる。
すると、アリスはもう一つの電柱の陰が、わずかにキラりと光ったのを見た。
次の瞬間、カシャ、というシャッター音が聞こえる。
アリスは電柱を睨む。瞬時に全身が臨戦態勢になる。
「……この!」
「きゃっ!?」
アリスは瞬時に飛び上がる。
跳躍は、電柱から電柱の間を一足で跨ぐ。
着地と同時に、隆一が電柱の裏にいた人物をとりおさえていた。
「いてて!なんだこのガキ!」
「へっ、盗撮なんかしやがって!この!」
出てきたのは、大学生の男だ。
さすがに子供相手でも、背後からの不意打ちにはやられてしまったようだ。
アリスはすぐさまカメラを取り上げた。
「あなたがすストーカーだったんですね。ずっと私のことを、撮っていたんですね!」
強い口調には、怒りが込められていた。
ところが、男は答える。
「ち、違う、俺は違うんだ!」
「なにわけわかんないこと言っている!現行犯じゃないか!」
「りゅうくん……。この人は一度連れて行こう」
「あぁ、わかってる!」
アリスは安堵に似たため息をつくと、再び女子高生のところへ戻る。巻き込んでしまったことを謝りたかった。
女子高生は、まだ呆然としてた。
そして先ほどアリス飛び上がったときにだろうか、道に彼女が愛用している手帳が落ちていた。
アリスは手帳を拾い上げる。
「あっ」
瞬間、手帳が開いてしまい、思いがけず中身を見てしまう。
『7:08
アリスさんが目を覚ます。背伸びをする様子が色っぽい、
7:22
アリスさんの着替え中。今日もメイド服がばっちり決まっている。
7:45
アリスさん、朝の食事中。ほっぺについたご飯粒を摘んで食べるしぐさが、たまらなくカワイイ。ご飯粒になりたい。
(中略)
10:12
今日も店に入ると、アリスさんの笑顔に包まれる。幸せすぎて死にそう。
10:13
アリスさんが注文を聞きにきた。いつものですねと聞かれ、私のことを覚えてくれたことに、昇天してしまいそう!うれしい!アリスさん大好き。
10:41
アリスさんが注文を聞き間違える。頭に手をやってばつの悪そうにする姿は様式美。いつも左手が頭にいくのですね。私も覚えました。アリスさん大好き。
10:56
アリスさんが出かけてしまう。どこにいくのかな。お使いに行くアリスさんがとてもかわいい。大好き。
11:14
アリスさんの歩く姿がかわいい。アリスさん大好き。揺れるスカートがかわいい。アリスさん大好き。
ニーソに包まれた太股がかわいい。アリスさん大好き。風にたなびく髪がかわいい。アリスさん大好き。
11:18
アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。アリスさん大好き。』

アリスは驚愕が顔面から吹き出しながら、顔をあげると、対する女子高生は薄く微笑みかけていた。
「えへへ、バレちゃいましたか」
瞬間、アリスの全身にぞわっと鳥肌がたつ。
血の気が引いて、顔色はみるみる青くなる。
手帳を持った手はふるえ、足もふるえ、カタカタと歯をならしてしまう。
嗚咽にも似た、声にもならない小さな悲鳴をあげる。
女子高生が一歩近寄ると、アリスは間合いをとるかのごとく、後ずさる。
恐怖におののくアリスにかまわず、女子高生はニッコリと笑いかける。
「大好きです、アリスさん」

◆次回へつづく
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オリジナルSS「メイドトレイター」4話

遅くなりました、メイドトレイター4話です!今回は、今後レギュラーとなる隆一君が登場します。
なお、例により名産品にちなんだ合成メイド怪人が出ます。

前回までのあらすじ
キリサキのメモを頼りに、喫茶店赤リンゴを訪れた栃乙女アリス。その喫茶店のマスターは、キリサキの姉、ハナミだった。
アリスが事情を説明すると、ハナミは打倒フリーメイドンに協力してくれることになった。
こうしてアリスは、喫茶店赤リンゴならぬ、メイド喫茶赤リンゴで働くことになった。

アリスが働き始めて、メイド喫茶赤リンゴは生まれ変わっていた。
アリスは店内を徹底的に掃除し、今一つぱっとしなかった店内は、ブラインドを開けたがごとく明るくした。清潔感溢れる店内には可憐な花々を添え、小物や食器に至るまで女の子らしいかわいいデザインに変更された。
壁の補修も済ませ、看板も見やすくポップなデザインに変え、店の前にもプランターを置いて爽やかさで包んだ。
アリスは、自分が一人で店を変えてしまったことに驚いていた。
全ての原因は、改造メイドとしての本能だった。
メイドにとって、奉仕をさせていただくお屋敷は、まさに自身を表す鏡と言える。
アリスにとってのお屋敷は、今はこのメイド喫茶赤リンゴだ。
お屋敷における、メイドとしての仕事の基本。炊事洗濯掃除……それらをこなすことが改造メイドの生きる喜びである。
それらに付随して、より綺麗に見せること、こだわりを出すことなど、改造メイドはクォリティアップも惜しまない。
アリスが来るまでの店は、改造メイドにとっては徹底的に掃除したうえで、さらに綺麗に仕上げなければ気が済まないほど、有様だったのだ。
アリスが本能を呼び覚まされたのは、当然のことだった。
ハナミは店のあまりの変わりぶりに舌を巻いた。
変貌は喜びを得るものだった。
本来ハナミが目指していた店のイメージが、形となったのだから。
「これ、全部アリスがやったの?!」
「はいっ!もう、綺麗にしたくて、したくて、たまらなかったので!いかがでしょうか?」
ハナミは思わずアリスを抱きしめた。
「アハハハ!あんたって最高だよっ!これなら、お店をもっと盛り上げられそうだよ!」
喜びを享受しあう間もなく、ドアの鐘が客の来訪を告げる。
アリスはすぐに向き直り、姿勢を正した。
「い、いらっしゃいませぇ!」
入ってきたのは、サラリーマン風の男性だった。
ハナミがアリスの横腹を肘で小突くと、耳打ちをする。
「おいおい、メイド喫茶なら『おかえりなさいませ、ご主人様』だろ」
「えぇぇ、それ言わなきゃダメなんですかぁ」
「メイドのくせ嫌がるのかい」
「ボク、メイド喫茶のメイドはメイドとして認めてないんですよ。そもそもメイドってのは、ヴィクトリア時代に――――」
「だーもう、わかった、わかった!お客さんが呆然としてるから、早く接客してくれ!」
――――こうして、デコボコな二人ではあったが、うまく新しいスタートを切ることができたのだった。

何日かすると、だんだんとお客さんが増えてきた。
アリス目当ての男性客が多かったのは当然だが、ハナミの出す小料理の味もそこそこ良かったため、幅広い層に受けていた。
そして今日も、アリス目当ての客が店を訪れる。
「いらっしゃいませー!……あ、加山の奥さん!」
入ってきたのは、妙齢の女性と女性に手を繋がれていた男の子の二人。
奥さんは愛想良いが、男の子の方はむすっとしていた。
この二人、加山母子はアリスが働くようになってからの常連客だ。
母親の加山美和子はおっとりした雰囲気の主婦で、息子の加山隆一は幼いがやんちゃな子供である。
二人が最初に赤りんごを訪れたのは、買い物ついでに、休憩がてら寄っただけだった。
美和子の方は、店の雰囲気を第一印象から気に入っていた。
だが、リピーターになったのは、それだけが理由ではない。一緒に連れていた、隆一が特に店を気に入ったからだ。
……店と言うより、アリスの事が気になってしかたがないようだ。恋心に似た強烈な興味を、アリスに抱いていた。
本能か宿命か、男のサガには勝てずに目を引き、関心が向いてしまう。その感覚になれないせいか、アリスが気になることを、他人に言うのは羞恥に思うらしい。
周りには、丸わかりなのであるが。
隆一の仏頂面は、そういった恥から生じる照れを隠すためである。
隆一は顔を逸らしながらも、視線だけはちらちらとアリスに向けている。アリスと目が合うと、ますます照れてしまい顔を背けてしまう。
アリスは内心、わかりやすい子だな、と考えていた。
「こんにちは、アリスちゃん!すいませんねぇ、うちの子がまたアリスちゃんに会いたいって聞かないもんだから」
美和子の台詞を聞いた途端、隆一は繋いでいた手を放り投げるようにしてふりほどく。
「な、ば、ちげぇよっ!喉が渇いただけだっつってんだろ、クソババァ!」
「まぁ、この子ったら!口が悪いのは誰に似たのかしら。本当、いっつもお店の前に来ると喉が渇くんだから」
アリスは前屈みになり、隆一の顔をのぞき込む。
「こら、りゅうくん!お母さんのこと、そんなふうに言っちゃだめでしょ。ちゃんと謝りなさい」
アリスに言われ、隆一のつっぱりはすぐに瓦解した。
隆一は照れたまま上目遣いにアリスを見つめると、素直にごめんなさい、と呟いた。
「まったく、この子は!ほんと、アリスちゃんの言うことは聞くのよねー」
美和子は言葉と裏腹に、どこか嬉しそうだった。

「ほら母ちゃん、さっさと席につこうぜ!俺、いつものクリームソーダな!」
「はいはい。あ、アリスちゃん、私はレモンティーね」
「かしこまりましたー。ハナミさん、クリームソーダ、レモンティー1つ!」
「あいよー」
こんな様子で、メイド喫茶赤リンゴは日常を営んでいた。



暗雲立ちこめる山間に、雷が走る。
周囲の自然的な環境から、不釣り合いな近未来的扉が山肌から顔を覗かせる。
その扉の奥、暗い洞穴の先に、フリーメイドンの秘密基地がある。
洞窟の途中からは、完全な人工の地下施設に作り替えられている。
施設の中での、特に最奥に作られた玉座の間は、この世の禍々しさをすべて凝縮したような場所である。
部屋中に悪魔的な彫像の数々が並び、青白い炎のたつ松明が不気味さを際だたせる。
入り口からは、怪しげな文様の描かれた赤い絨毯が一直線に延び、その先に玉座がある。
玉座に座する者こそ、フリーメイドンを束ねる首領だ。
彼は玉座の周りに薄いカーテンを引き、威厳と神秘的さを醸し出していた。

「首領様っ!」
観音開きの大扉が、勢いよく放たれる。
入ってきたフリーメイドンのメイド長は、肩で息をするほど走り、その動きは胸まで揺らした。
「メイド長か、どうした」
「四天王の一人、『メイド軍師』が到着しました!」
「ほう、早いな。さすがはメイド軍師、余の考えなどお見通しか。しかし、用件はそれだけかね?」
「いえ、そ、それが……」
メイド長が言いかけると、足音が遮った。
「既に手はずは整えております」
メイド長の背後から現れたメイドは、胸をはだけた妖艶なメイド服に身を包んでいた。ハイヒールを鳴らしながら、軍師らしい羽扇を持って堂々たる振る舞いをする。
「ほう、手はずとな。聞かせてもらおうか」
「首領様、私はすでに裏切り者であるストロベリーメイドの身辺を調査し、勝てる作戦を展開しております。他の3人には手柄を独り占めするようで申し訳ありませんが、もはや首を差し出すのも時間の問題でしょう」
「さすがだな。期待しよう、軍師よ」
「はっ!必ずご期待に添えて見せます!」
軍師は足取り軽やかに部屋を出ていく。
「おのれ軍師めっ!勝手なマネをして!」
「よいよい、メイド長よ。我がメイド四天王の実力、とくと拝見しようではないか」
「は、首領様がそうおっしゃるのであれば」
首領はワインの入ったグラスをスワリングしながら、呟く。
「ククク、どうする、ストロベリーメイドよ……!」



「りゅう君を預かってほしい、ですか?」
アリスは飲み終わったグラスを回収しながら、美和子の申し出を聞き返してしまう。
「えぇ、明日一日だけなのですけれど、お願いできますか」
「りゅうくんさえよければ、大丈夫ですよ。ですよね、ハナミさん?」
「ま、お得意さんだし。そのくらい、喜んでお引き受けしますよ」
「ありがとうございます!それじゃ隆一、ご迷惑をかけないように、おとなしくしているのよ!」
「へっ、わかってらい!」

約束の日、よそ行きを着た美和子と隆一が赤リンゴにやってきた。
早々に隆一を預けると、美和子はよろしくお願いしますとだけ挨拶して、立ち去ってしまう。
その後ろ姿が、美和子を見た最後の姿になろうとは、誰もが思いもしなかった。
……いや、美和子としての最後の姿、だが。

「ふう、遅くなったわ。隆一ったら、きっと怒ってるわね……」
美和子は少しでも早く息子の元へ着くように、人気のない裏路地を足早に通る。
それは彼女へ忍び寄る魔の手にとって、絶好のタイミングだった。
「加山美和子さんですね」
「はい?」
美和子が振り返ると、そこにはメイド服を着た少女が数人立っていた。
全員同じメイド服を着ており、まるで人形のようにきちんとした姿勢で立っている。
目は虚ろで、一見すると意識があるのかないのかわからない。
「あの、あなた達は――――」
質問もままならず、美和子はメイド達に口を押さえられ、目隠しをされ、手足を縛られる。
「む、むー、むーーー!!」
数秒後、裏路地は元の静けさを湛えていた。


「こらりゅう君!待ちなさい!」
「やだよっ!」
アリスは店内を逃げ回る隆一を追いかける。
事の顛末は、些細なことだった。
隆一がコーヒーカップを欲しがった。
どうやら、描かれている動物の絵が気に入ったらしい。
隆一はこっそり持ち出そうとしたが、改造メイドたるアリスの鋭敏な感覚に捉えられ、現場を見られてしまう。
こうして、店内を逃げ回ることになった隆一であったが、アリスの超人的身体能力の前に、為すすべもなく追いつめられてしまう。
「ダメだよりゅう君、それ泥棒だよ。さ、今ならお兄ちゃん……じゃなかった、お姉ちゃん怒らないから、ちゃんと返しなさい!」
アリスは腰に手をあて、隆一を睨みつける。
隆一はコーヒーカップを隠すように抱きしめてしまう。
「だって、欲しいんだもん……!」
アリスはため息をついた。
「それなら、ちゃんと言い方があるでしょう?いきなり人のもの取ったら、泥棒だよ?りゅう君、泥棒ってわかるよね?お姉ちゃん、泥棒さんはキライだな」
「えっ……アリス姉ちゃん、俺のこと、キライ……?」
隆一は一瞬で青ざめる。
幼い隆一にとって、優しくて大好きなアリスに嫌われるのは、よほどショックであった。
「泥棒さんはキライだよ。りゅう君は、泥棒さん?」
隆一は思い切り首を振った。
「違う、俺泥棒じゃない!」
「なら、どうしたらいいか、わかるかな?」
「うん……。ごめんなさい、コーヒーカップ、返します」
隆一は観念してコーヒーカップを差し出す。
すると、アリスはしゃがむと、隆一の頭を撫でて囁いた。
「よしよし、よく言えました。エライぞ。それじゃ、エライりゅう君には、そのカップをプレゼントしましょう」
「えっ……?いいの?」
隆一は目を丸くしたまま、視線がアリスとカップをいったりきたりしてしまう。
「欲しいときに言う言葉、ちゃんと言えたらプレゼントするよ」
アリスは隆一にウインクした。
隆一は一息飲み込むと、呟いた。
「あの、こ、このコーヒーカップ、欲しいので、ください……」
アリスは満面の笑みでどうぞ、と返事をした。
隆一は飛び上がるほど喜んだ。
それまでのやりとりを、微笑み混じりに観察していたハナミが口を開く。
「ほほー、アリス君っていい母親になれそうだねぇ」
「ハナミさん……!何言ってるんですか。ボクはたまたま、妹で年下の扱いに慣れてただけですよ」
「ああ、どっちかというと、保母さんか。あ、今は保育士って言わないといけないんだっけ」
「ちょ、ちょっとハナミさん、からかわないでくださいよー」
「アハハハ、そうむくれるなって。それにしても、さっきまでずっと大人しかったのに、隆一君ってば、どうしたんだ」
「言われてみれば、確かに。ねぇりゅう君、どうして急にコーヒーカップを持ち出したりしたの?」
隆一の顔から喜びが消える。
「だって……だって、母ちゃん、遅いんだもん。約束だと、お日様が沈む前に迎えにくるって、約束したのに」
店内には、日が沈む間際の強い赤い光が射し込んでいる。
美和子の約束では、お日様が沈む前どころか、3時のおやつごろに迎えに来るという話だった。
ハナミは、美和子が来たときにサービスしようと焼いていたアップルパイを見つめる。
アップルパイは、すっかり冷めていた。
「確かに、加山さん遅いな。なんかあったのかな」
「りゅう君、お母さんの携帯の番号、わかる?」
隆一はわからない、と肩を落とす。
「遅いね、お母さん……」
アリスはひょっこり現れないかと、窓の外を見回す。
元々表通りから外れた店前は、人っ子一人いない。誰かが歩いてくれば、すぐにわかる。
それなのに、一向に美和子がやってくる気配がない。
あきらめかけたその時、アリスは窓にこつんと何かがぶつかったことに気づいた。
アリスは店の外に出て確かめると、それは綺麗な装飾が施された封筒であった。
宛名は『栃乙女アリス』とだけあった。
アリスは不安にかられた。
自分の事を知っている人なんて、限られている。
アリスはおそるおそる封筒を開けた。
中には、便箋が一枚だけ入っていた。
「(これは……)」
----加山美和子は預かった。返して欲しくば、一人で以下の地図に示す場所に来ること。
フリーメイドン----
アリスは顔が真っ青になった。
早くも、自分のせいで無関係な人間が巻き込まれてしまった。
自責の念は、フリーメイドンに対する怒りに変わっていく。
アリスは手紙を握りつぶすと、店内に戻った。
すぐにでも助けたい。しかし、間違いなく罠であることも理解していた。
どうすればいいか、一瞬でも冷静になって考えようとしたのだ。
アリスの様子に気づいたハナミが、なにかあったのか問いかける。
「(今ハナミさんに手紙の話をしたら、りゅう君にも内容が伝わってしまう……)」
アリスは何でもないと述べて少し考えた後、何食わぬ顔でハナミに申し出る。
「……ハナミさん、ちょっと買い物いってきます」
「お、おお、そうか?行くならいいけど」
「行ってきます!」
アリスは便箋をゴミ箱に放り投げると、慌ただしく出て行く。
ハナミは引き留めようと手を伸ばして声を上げるが、間に合わなかった。
「あっ……!あちゃー、アリスってば、あわてんぼうなんだから」
「どうしたの?」
「エコバッグ、忘れてる。全く、袋無駄になるだろうが」
「なーんだ、それなら俺が届けてやるよ」
「あら、お願いできるかい?悪いねぇ、ついでにお駄賃あげるから、一緒におやつでも買ってきていいよ」
「よし、やったぜっ!すぐ届けてくるよ!」
隆一はエコバッグと少額のお小遣いをうけとると、アリスの後を追った。


すっかり日は落ち、街灯がぽつぽつと点き始める。
アリスは足早に目的地に向かう。まるで、心の中を巡る様々な思いや考えを振り払うかのように。
美和子は無事だろうか。自分のせいで、巻き込んでしまった。フリーメイドンが、ますます許せない。フリーメイドンはどんな罠をしかけてくるのか。今の自分で倒せる相手だろうか。
考えることに集中していたせいだろう。遠くから隆一が追いついてきたことに、アリスは全く気づいていなかった。
隆一がアリスを呼んでも反応が無い。さらに買い物ができそうな店のある方とは違うところへ向かっていたので、隆一は首を傾げるばかりだ。
アリスは町中からどんどん外れていき、いよいよ人通りも無くなっていく。
アリスはちょうど行き交う人が誰もいなくなった所で、戦闘態勢に入る。全身に力を込めると、体が眩い輝きを放ち、ストロベリーメイド専用のメイド服に切り替わる。
この変身機能は、改造メイドの中でも、上位である合成メイド怪人の特徴だ。
隆一はその光景に、思わず立ち尽くしてしまう。アリスが何者なのか確かめたいという気持ちに駆られ、距離をおいたまま、黙ってついて行くのだった。



大勢の客を乗せた電車が、鉄道橋梁を五月蠅く駆け抜ける。
電車が川を横断し、町から町へと消えていく。ドップラー効果も無くなるほど離れると、今度は川のせせらぎが場を支配する。
指定された場所は河川敷、鉄道橋梁の真下。
人目につかない場所の典型と言える。
橋を支える巨大な柱の影に、フリーメイドンの使者は待っていた。
「さぁ、約束通り来たよ!加山さんを返してッ!」
アリスの怒鳴りに対し、奇妙な笑い声が返ってきた。
アリスは声に対し睨みを聞かせていたが、その表情は徐々に発見、疑問、驚愕、悔恨と変わっていく。
「よくおいでいただきました、アリスさん」
アリスの前に現れたのは、捕らわれたはずの加山美和子だった。
なぜ彼女が現れたのか。彼女は捕まってから、何があったのか。
全ては、彼女の服装を見れば理解できた。
真っ赤なワンピースに、桜の花を象ったエプロンをつけ、緑色のリボンとカチューシャがアクセントになっている。
紛れもない、メイド服だ。
美和子はフリーメイドンに連れ去られ、改造メイドにされた。
改造されたからだろうか、やたらと大きくなった胸が、アリスの視線を誘導する。
「アリスさん。私はあなたを説得するためにここに来たの。
アリスさん、どうしてフリーメイドンを裏切るのですか。
こんなに素晴らしいメイドに改造して、身も心も従属させていただけるのに」
美和子は自分を抱きしめ、改造時の快感を思いだし、浸る。
「最初は無理矢理連れてさられて、何も知らない私はフリーメイドンに対して恐怖と憎しみを抱いていたわ。
でも改造された瞬間、体中に電撃が走ったの。
今まで普通の人間として暮らしてきたことが、バカみたいに思えたわ。
メイド服に包まれた体のなんと安らぐことか!
あぁ、なんて素晴らしいのでしょう!早く、ほかの人たちにも、メイドとしての喜びを分けてあげたいわ!」
美和子は顔を火照らせ、完全にフリーメイドンの尖兵となったことを宣言する。
アリスは、奥歯を噛みしめた。
「さて、アリスさん。もう一度フリーメイドンに戻って、首領様に忠誠を誓い、洗脳を受けてくださいな」
美和子は笑顔でアリスを誘う。
アリスは鋭い視線で突き返した。
「ボクはもう、フリーメイドンを許すことはできない!それにフリーメイドンのメイドとしての喜びなんて、まやかしだ!無理矢理人の心を操っているだけだ!」
美和子はアリスを蔑むようにねめる。
「そうですか、残念です。やはり軍師様の仰った通りになりましたね。それでは、作戦の第二段階、ストロベリーメイドの抹殺を実行します」
「お願いです加山さん!正気に戻ってください!あなたは、フリーメイドンに心を支配されているだけなんです!」
「今の私は加山美和子ではない。
私はフリーメイドンの忠実なるメイドにして、さくらんぼとの合成メイド怪人。南陽美和子よ!」
すると美和子は胸大きく開いた胸元に両手を突っ込む。
胸の谷間から何かを取り出すのかと思いきや、胸を大きく見せていたそれを外してしまうのだった。
「そ、そんな!あの巨大な胸はパットだったの!?」
驚愕するアリスに、美和子はくすりと笑う。
「パット?いいえ、違うわ。これはグローブよ。ボクシングみたいに大きく、真っ赤なねっ!」
美和子が取り出したのは、さくらんぼのように赤く、丸い玉だった。それを両手に装着すると、姿勢を低く取り、一足でアリスの眼前に迫る。
ふりかぶる腕は、引き絞る弓矢のごときしなりを見せ、光線のように飛ぶ体が全体重を拳に乗せる。
あまりにも速い拳が、風圧の刃すら巻き起こし、アリスの頬が擦り切れてしまう。
アリスは咄嗟に腕をクロスし、ガードをした。
「くっ!」
アリスは吹き飛び、ごろごろと地面を転がる。
衝撃を受け止めた腕がしびれ、受け身すら取れないのだ。
アリスはなんとか立ち上がると、全神経を回避に専念させる。
美和子は次々とフックを、ストレートを、アッパーを繰り出す。
アリスはそれらを間一髪でかわすと、外れた必殺の一撃は河川敷のコンクリートを粉砕し、橋梁の柱を割り、伸びた雑草を風圧で刈り取ってしまう。
「(なんて速さだ……!これでは、ストロベリーフラッシュを放てない!)」
「いつまで逃げるつもりですか?」
息一つ切らさない美和子は、まるで速度の変わらない拳を繰り出していく。
防戦一方のアリスは、徐々に追い詰められていく。
拳風によって切られる箇所が増え、傷跡が大きくなっていく。
動きそのものも美和子に見切られ、再び一撃をもらうのは必然だった。
「かはッ!!」
吹き飛んだアリスは、橋梁の柱にめり込む。
ぱらぱらとコンクリート片をこぼしながら、人型の穴から崩れ落ち、身動きもとれずに地面に這いつくばる。
「弱い。なぜこんな合成メイド怪人一人に、首領様が手を煩わせるのでしょう。
……まぁ、理由なんて、メイドの私にはどうでもいいこと。命令に従い、首領様の満足がいく結果を持ち帰ることが、私の何より喜び。
さぁアリスさん。死んでください」
アリスは自分の体の状態を正確に把握していた。
回復には、まだ数秒かかる。それは、美和子がアリスにとどめをさすのに十分な時間だ。
アリスはタナトスの呼び声が聞こえた。
美和子が拳を振り上げると、戦いの時が止まる出来事が起きた。
「母ちゃん……?母ちゃん、どうして、メイドさん……?」
声のほうを、二人は同時に見た。暗がりでアリスを見失っていた隆一が、ようやく見つけたのだった。
「りゅう君!?き、来ちゃダメぇっ!」
アリスの叫びも空しく、隆一は持っていたエコバッグを落としたまま立ち尽くしてしまう。
「ふん、ダメじゃないの。ちゃんとお留守番してなきゃ。お母さんとの約束が守れない子には、おしおきが必要ね」
「母ちゃん、どうして、アリス姉ちゃんと戦ってるの?母ちゃん、何してるの、ねぇ、何してるの?!」
「ええぃ、うるさい!」
美和子は隆一の方に向き直ると、弾けるように飛んだ。
「りゅう君ッ!!!」
「う、うああぁあ!!?」
アリスは思わず目を閉じてしまう。
想像するのも恐ろしいその光景を、直視できない。
しかし、不思議なことに、美和子の剛拳が振るわれた音がしない。
アリスがおそるおそる目をあけると、しりもちをついて後ずさる隆一の姿と、拳を振り下ろせずに固まる美和子の姿があった。
「くっ……なぜだ……私はフリーメイドンの忠実なメイド……命令とあらば、たとえ息子すら平気で殺せる……。頭ではわかっている、理解しているのに、なぜだっ!なぜ手が動かない!」
アリスは好機を逃さなかった。体はもう十分に動く。アリスは飛び上がる。
「ストロベリィィ、キィィイック!!!」
強力な飛び蹴りは、美和子を川の真ん中まで吹き飛ばしてしまう。
巨大な水柱を上げ、美和子は水中に沈む。
「はぁ、はぁ……りゅう君、どうして、ここに来たの」
「お、俺、エコバッグ、届けようとして。そしたら、母ちゃんがメイドさんになってて、アリス姉ちゃんが戦ってて、もう、わけわかんなくて……!」
隆一は混乱していた。アリスは説明したくても、どんな言葉をかけていいかわからなかった。
「りゅう君、あれはお母さんじゃないの」
「嘘だッ!留守番の約束がどうとか言ってた!俺、母ちゃんのことを間違うもんか!」
「あなたのお母さんであって、もうお母さんじゃないの!フリーメイドンの改造メイドなの!」
「うっせえ!わけわかんねぇよ!俺の母ちゃんは、母ちゃんなんだ!」
話が進まないでいると、もう一人、アリスの後を追っていた人物が現れる。
「おーい、アリス、無事かぁ!」
ハナミが、アリスの捨てた手紙を持って現れる。
ハナミはアリスの様子が気になっており、捨てた手紙を見返して、すぐに後を追っていたのだ。
「アリス、りゅう君も無事かい。加山さんはどうした?」
「それが――――」
説明する間もなく、川の中心から水柱が立ち、美和子が姿を現す。
「お、おのれ、ストロベリーメイドめ、ゆ、許さぬぞ……!今すぐ殺してやる!」
言葉とは裏腹に、美和子は立っているのがやっとという様子である。
美和子は攻撃に特化しすぎた改造を施されたため、防御力がなさすぎたのだった。
「あ、あれは加山さん!?それじゃ、加山さんはフリーメイドンに……!」
「そう、ボク来た時には、もう完全にフリーメイドンのメイドになっていた。
だから、戦った」
アリスは迷った。今なら、美和子にとどめをさせる。
――――しかし、本当にそれでいいのか。
何の罪もない、アリスを倒すためだけに改造された一般人。
そんな美和子を手にかけることに割り切れないでいた。
それでも、アリスは現実を冷静に受け止めようとする。
今、アリスが美和子を倒さなければ、ここにいる全員が殺されてしまう。
隆一を、ハナミを守れるのは、アリスだけ。アリスが戦うことでしか守れない。
殺すか殺されるかの選択肢しか、無いのである。
アリスは、ついに決心した。
「ごめんハナミさん。りゅう君を遠くに連れてって。これからすること、見せたくない」
「……わかった。さぁ、りゅう君、こっちだ」
「おい、放せ!母ちゃんをどうするつもりだ!アリス姉ちゃん!何をするんだ!」
ハナミは無理やり隆一を持ち上げ、すぐに堤防の向こう側へと逃げる。
アリスは確認すると、力を胸の前に集中させた。
両手を構え、エネルギーを集中させる。
「さ、させるかぁあ!」
美和子は最後の力で跳躍する。しかし、初めの頃の勢いもなく、アリスに攻撃が届くことは決してない。
アリスの目から、一筋の雫がこぼれる。
「ストロベリー……フラッシュッ!」
イチゴ型の波動が、アリスから射出される。
それは河川敷のコンクリートをえぐり、川をモーセのごとく割る。
巨大な波動から逃れるすべもなく、美和子は巻き込まれる。
「ぐぬぅうう!フ、フリーメイドン、万ザァァァァイ!!!!!」
川の中心で、爆発が起こる。
一瞬だが、昼間になったかのような明るさだ。
爆風は川に波を起こし、撒きあがった水しぶきは雨のようにアリスに降り注いだ。
「(終わった……)」
アリスは自分の手を見た。とどめを刺した、自分の手を。
「お、おーい、アリス姉ちゃん!なんだ、今の爆発!」
ハナミを振りほどいた隆一が、アリスの元へやってきた。
ハナミも遅れて追いつく。
「アリス姉ちゃん、俺の母ちゃんはどうしたの?ねぇ、どこへ行ったの?」
アリスは言葉に詰まった。
うつむいたまま、震える声を絞り出す。
「美和子さんは………お母さんはね、とても遠いところへ行ったんだ」
「それ、どういう意味だよ」
「ボクが……ボクが、お母さんをね、遠いところへ、連れてったんだ」
「はっきり言えよ!俺だって……俺だって、今の爆発で、何があったかくらいわからぁ!」
「ごめん……ごめんね、りゅう君。ごめんなさい。美和子さんを、助けられなかった」
アリスはぼろぼろと泣き出してしまう。
隆一は苦虫をつぶしたような形相で、泣きながらアリスに飛びかかる。
「いいよ、いっぱい殴って。ボクは、りゅう君に酷いコトをしたから。本当に……酷いコト、しちゃった……」
「うぅわあああ!!できないっ!殴りたくても、殴りたいのに、できないんだよぉっ!だって、だって、だってだって!アリス姉ちゃんだって、すっごく辛いって、わかるからっ!殴れっていわれたって、殴れないんだよぉ!」
隆一は、握りつぶすようにアリスのメイド服を掴む。拳には子供とは思えないほどの力がこもっているのに、決して振り上げない。
「そっか……りゅう君は、強いんだね……。ボクなんかより、全然……」
アリスは、隆一の頭を優しく撫でた。それ以外に、今はしてあげられることがなかった。



「アリス、りゅう君は寝たかい?」
「はい、泣き疲れたみたいで、ようやく……」
店じまいした赤リンゴは、いつも以上に静まり返っていた。
カウンターに置かれたおしゃれなLEDランプだけが、現在唯一の明りである。
アリスはカウンター席に腰をかけた。
「そんなに気を落とすな……と言いたいが、ごめん、さすがにかける言葉がないよ」
「いえ、ボクのことはいいんです……。フリーメイドンと戦うと言うことは、遅かれ早かれ、こんな思いをすると思っていましたから」
「……そうかい」
ハナミは暖めておいたミルクをアリスの前にそっとおいた。
「飲みなよ。ホットミルクは体がほっとする、ってね」
「ありがとうございます」
アリスは一口、ミルクを口に含んだ。先ほどまでずっとしていた血の味が消えていき、口の中に甘いミルクの味が広がっていく。
一方、ハナミはバランタインファイネストをロックで飲み始める。
「ボク、やっぱり一人のほうがいいのかもしれないですね」
「周りの人を巻き込みたくない、か」
アリスは頷くと、続けた。
「ボクにはフリーメイドンと戦う明確な理由があります。でも、こうやって関係ない人を巻き込むのは、やっぱりイヤです」
「アリス君ってさ、優しいよね。でも、それって自分より他人が傷つくのがイヤっていう優しさだけだよ」
「どういう、意味ですか?」
「自分中心ってコト。相手が何を考えてるのかを前提に考えた優しさじゃないってコトかな。それはアリス君のいいところでもあるんだけどね」
「……すいません」
「別に謝ることじゃないさ。ただ、これだけは知って欲しいよ。このまま隆一君に何も言わずに出ていったら、どう思うだろうって」
「あっ――――」
アリスははっとした。もしここでアリスが何も言わずに出ていったら、それは隆一からすれば、逃げられたのと一緒だ。
アリスが美和子を殺してしまったという事実から、ただ逃げるだけ。
それはアリスがフリーメイドンと戦うためには、必要な逃げかもしれない。
だけど、ここで逃げてしまったら、隆一に合わせる顔がない。
アリスは決心した。
「フリーメイドンと戦うというのは、ただ暴力を振るうことだけではないのですね」
「それは人間が生きていくことと、変わらないと思うけどね」
「ハナミさんって、なんだかすっごく頼れるお姉さんって感じですね。……きっと、キリサキさんも、ハナミさんのことをいいお姉さんって頼りにしていたでしょう?」
「よ、よせやいっ、照れるだろ!とと、とにかく、アリスも疲れてるんだから、さっさと寝な。明日、ちゃんとりゅう君とちゃんと話をつけること。それがあたしにしてやれるアドバイスさ」
ハナミは酔いが回ったのか、顔をすっかり赤くして店の奥へ去ってしまう。
アリスが電気を消すと、ようやく赤リンゴの長い一日が終わった。




「おはよう、りゅう君」
朝、咄嗟に挨拶ができたものの、アリスはうっかりしていた時分を責める。
アリスが覚悟を決める前に、隆一とばったり廊下で出くわしてしまった。
「おはよう、アリス姉ちゃん」
アリスは、まずは胸を撫で下ろす。無視されると思っていたからだ。
「あの、昨日は、その……」
アリスは切り出そうとしたが、言葉に詰まってしまう。
まだ自分の中でまとまっていない考えを出そうとしたからだ。
ところが、隆一は意外な反応を返す。
「俺、アリス姉ちゃんのこと許さないから」
「えっ」
「だって、理由を何も言ってくれないんだもん。アリス姉ちゃんが、どうして変身して戦うのか、知らないんだもん。……きっと、その理由があるから、母ちゃんと戦ってたんだろう」
アリスは驚いたまま頷いた。
「ちゃんと理由を言ってくれれば、アリス姉ちゃんの事は責めないよ。……いや、ごめん、やっぱり嘘だ。
俺、どんな事情があっても、母ちゃんを遠くへ連れてった人のこと、許せないや。罪を償ってもらわなきゃ」
隆一の大人びたセリフに、アリスはどこか萎縮してしまう。
隆一は薄く笑いかけた。
「これからアリス姉ちゃんは、俺のことを一生かけて面倒見ること!いいな!じゃねえと、絶対許さないからな!」
アリスは隆一の優しさに対して、嬉しさのあまりに涙がでてしまう。
「りゅう君、ありがとう!いっぱい、償わせてください!」
柱の陰で見ていたハナミは、ほっとするのであった。
フリーメイドンとの戦いは、まだ始まったばかりだ。





オリジナルSS「メイドトレイター」3話

前回からだいぶ空いてしまいましたが、3話です。
今回は戦いはなし。ある意味、日常回。
それではどうぞー↓

前回のあらすじ
アリスはフリーメイドンの放った合成メイド怪人貫美メロ子を倒したが、その犠牲は大きかった。
自分を逃がしてくれたキリサキの死が、アリスに打倒フリーメイドンの思いを強く決意させるのだった。


キリサキは自衛隊の隊員だった。
アリスは、アリスの改造メイドの体を必要としているのが、自衛隊の研究機関のような所だろうと考えた。
しかし連絡を取ろうにも、アリスには自衛隊の知り合いなんていない。
キリサキに託されたIDカードだけが頼りだが、果たしてこんなカード一枚で相手にしてくれるだろうか。
不安が残るものの、今のアリスには他に選択肢がなかった。
人目につかぬように注意を払いつつ、自衛隊の基地に向かった。
徒歩で距離はあったものの、幸いに市街地から離れていたため、目立つことなく到着できた。
アリスが物々しい入り口を前に立つと、守衛をしているガタイのイイおじさんに奇異の視線で睨まれる。
アリスの姿はただでさえメイド服で目立つのに、戦いでぼろぼろの血だらけだ。
一見して、あまりにも怪しすぎる。
それでもアリスは、IDカードを見せればきっとわかってくれる、と信じていた。
「すいません、ちょっといいですか」
「……なんだ、おまえは。ここは一般人用の入り口ではない。一般人は手続きを踏んだ上、来客用の入り口から入れ」
「えっと、関係者かわからないのですけど、これを見てください」
「ほう……?」
おじさんはアリスからIDカードを受け取ると、少し待っていろ、と言って奥へ消えた。
しばらくして、おじさんは慌てた様子で戻ってきた。
よし、と内心でガッツポーズを決めたアリスだったが、その期待は裏切られた。
「こ、こんなIDカードつかえんっ!」
おじさんは思い切りカードを投げつけた。
「ちょっと、なんなんですか!」
「うるせぇ!こんな奴、うちにはいないんだよ!そんなカード、まさか偽造じゃないだろうな?!」
「なんてこと言うんですか!キリサキさんはみなさんのために、みなさんのために……!
そ、それに、あの時迎えに来たヘリだって、自衛隊のものだったはずですよ!!」
アリスの愛くるしいハイトーンボイスは、おじさんの怒号に負けていなかった。
おじさんはどこか申し訳ないような顔をしているように見えた。
それでも、態度は変わらなかった。
「ヘリだって……?あ、いやいや、知らん!うちのヘリが出動した記録なんてない!」
「そんな、嘘です!どうして、そんな嘘をつくのですか!」
「う、うるさい!知らないものは知らないんだ!だいたい、おまえは何者なんだ、そんな格好で!」
「ボ、ボクはその、えっと………」
「ふん、昼間っから変な格好しおって!いいから、さっさとどこかへ行け!ここには二度と来るな!」
「ひどい……!わ、わかりました!もう、あなた達を頼りません!」
アリスはあまりの仕打ちに腹をたててしまう。
キリサキのIDカードを拾い、大事にしまうと、とぼとぼと基地を後にした。
「……すまん、キリサキ。こうするしかなかったんだ。こうするしか……!」
おじさんは膝をつき、アスファルトを殴った。



「いやあああ、やめて、やめてくださいませ!どうかお許しをっ!!」
一人のメイドが、数名のメイドによって羽交い締めにされ、連れて行かれる。
「暴れないでくださいねー」
「しっかり反省してくださいねー」
連れて行くメイドは、蔑むような目つきで泣きわめくメイドを見つめる。
「ひい、首領様、どうかお慈悲を、首領様、首領様ぁ!」
叫びもむなしく、彼女は『再教育』と書かれた部屋へ連れて行かれた。
扉が閉まってしばらく後、聞くに耐えない悲鳴が響きわたる。
「いだ、いだぁぁぁあぃいいい、反省します、反省しましだああ、だ、だから、許してえぇぇえ!!
ひぎいぃ、誓います、忠誠を誓いますから!身も心もぉお、フリーメイドンのものですぅう!
ぎゃああ!いだぃいいいいぃ!!フリーメイドン万歳!フリーメイドン万歳ぃぃぃ!!!」

悲鳴を聞いた首領は、隣にいたメイド長にワインをついでもらい、一口含む。
「メイドの忠誠心が高まる叫びは、いつ聞いても甘美なものだ」
「まったく、最近の改造メイドは忠誠心が足りません。私ほどになれば、教育部屋など、一日中身も心も喜んでいられますのに」
「それでメイド長、自衛隊への圧力は済んでいるな?」
「ハッ、抜かりありません。これでストロベリーメイドは行き場を失うことでしょう」
「クク、ご苦労だった。だが、奴が脅威であることは変わりない。メロンメイドが破れた時のあの力、侮るべきではない。
……よし!フリーメイドン四天王を呼べ!」
「し、四天王を、でございますか!?」
「そうだ、世界各地の支部にいるだろう。奴らを呼び戻せ!」
「ハッ!かしこまりました!」


アリスはキリサキの最後の言葉を思い出していた。
キリサキはIDカードの裏にメモがあると言っていた。
裏には、とある喫茶店の住所が書かれていた。
アリスは少ない情報を頼りに、喫茶店を探し当てた。
「喫茶店、赤リンゴ……」
通りから外れたそこは、あまり流行ってない雰囲気の喫茶店であった。
どちらかと言えば、スナックのような空気すら感じる。
アリス「(ここにいったい、何があるのかな。)」
疑問の答えを見つけるには、扉を開けるしかない。
アリスは覚悟を決めて、喫茶店の扉を開けた。
カランと、アンティークなドアベルが来客を知らせる。
すると、カウンターに突っ伏していた女性が顔を上げた。
店には他に人はおらず、きっと彼女がここのマスターなのだろう。
彼女は自衛隊のおじさんの時と同じような奇異の視線をアリスに向けた。
「あの、こ、こんにちは」
「あ、う、いらっしゃいませ……?」
アリスが近づくと、彼女は目をぱちくりさせた。
ぼろぼろのメイド服を着た女の子が入ってきたのだから、驚くのも無理はない。
だが、アリスもまた驚いていた。
喫茶店のマスターは、どこか見覚えのある顔だったからだ。
「すいません、キリサキさんにここを頼ってくれと言われて……」
「キリサキに……?」
彼女の表情が変わった。
「あの、これをみてください!」
アリスはIDカードを差し出した。
それを見た彼女は、ぽたぽたと涙を流した。
「そうか……こいつがあるってことは、あの子はもう、いないんだね……」
「なんて言っていいかわかりませんが、キリサキさんは最後まで、立派な方でした……」
「あの子ったら、さすがだね。
それにしても、あんた何者だい。そんなぼろぼろのメイド服を着てさ。
とりあえず自己紹介しようか。あたしは霧島花観。キリサキ……霧島咲弥の姉だよ」
「ボクは栃乙女アリスです。よろしくお願いします、ハナミさん」
「とち……?なんか珍しい名前だね。おいしそうだよ」
「本名では、ないんですけれど。それはボクがどうしてこんな格好をしているのかと関係があります。
まず、ボクは元々男で――」


一通り説明を終えると、ハナミは神妙な面持ちでため息をついた。
「……つまり、そのフリーメイドンって組織を倒さないと、日本中、いや、世界中の人間がメイドさんに改造されてしまうってわけか」
アリスは無言で頷いた。
「なるほどねぇ。さっちゃんたら、また一人で背負い込んでたんだなぁ」
「さっちゃん?」
「ああ、キリサキのこと。あたしはさっちゃんて呼んでいて、逆にあたしは「はなねぇ」って呼ばれていたよ。
ちなみに、キリサキは周りから言われていたあだ名。ほら、霧島咲弥だから。あたしはキリバナって呼ばれていたよ。
なんなら、キリバナさんって呼んでくれてもいいよ」
「いえ、ハナミさんって呼ばせてください」
「あいよ。ならあたしはあんたのことアリスって呼ぶから」
「わかりました。……あの、ハナミさんは自衛隊の隊員、というわけではないのですね」
「そうさ。見ての通り、あたしはしがない喫茶店のマスターさ。
優秀な妹と違って、こんなことしかできないのさ。
でも、何か自分の店を持つってのが将来の夢だったから、一応成功かな。売り上げは聞かないでほしいけどね」
「へぇ、素敵ですね」
「ありがと。さて、難しい話はまた後でするとしてさ。
アリス!あんたお風呂に入りなさい!」
「ほょっ!?お、お風呂ですか!?」
「とーぜんでしょ。いつまでもそんなぼろぼろの血みどろでいて、いいわけないでしょ。
ほら、この店って奥があたしの住まいになっているからさ。まっすぐ行って突き当たりの左が風呂場だよ。
湯船にお湯は張ってないけど、シャワーは出るから、今すぐ体を洗いなさい!」
ハナミが腰に手をあて、反対の手で店の奥を指さす。
これだけ強く言っているのに、アリスは億劫がる。
「でも、お風呂ってその、ぬ、脱ぐん、ですよね?」
「はぁ?当たり前だろ」
アリスは赤面して俯くと、スカートの裾思い切り掴む。
「だ、だって、その、脱いだら、その、えっと、か、体が、見えちゃいます、よね?」
「当たり前だろ」
ハナミはアリスの気持ちが理解できず、眉をしかめ、首を傾げてしまう。
「だから、その、ボク、男なんですってば!」
「いや、女だろ……って、あ、あー、はいはい、なるほど」
ハナミは何か汚いものを見るような目つきに変わる。
「アリスくんって、スケベだねぇ」
「え、ちょ、ハナミさん!?」
「これは相当なむっつりに違いないな」
「なんでそうなるんですかぁ!?」
「もしかして見慣れてないのかな?女の子の体」
「い、妹のでよく見ていましたけど……。って、そうじゃなくて!ボク、スケベじゃありません!
いいです、その証拠に、全裸だろうがなんだろうが、なってやりますっ!」
アリスはいったい、何にムキになっているのか。
わざとらしく力強い足取りで、風呂場へと直行していった。
その姿に、ハナミは自然と微笑んでしまう。
「やれやれ、少しからかいすぎたかな。
でも、あれだけ明るくなれるなら、大丈夫だろうね。
さっきまで、半ベソかきながら話をしていたのに。
せめて、あの子の力になってあげられればいいんだけど。ねぇ、さっちゃん……」
ハナミの握ったIDカードに、ポタリと滴が落ちた。



「(ボクは異次元にいた。何もない、歪んだ空間。波打つ地平線。
上下の無い感覚。どこか水面を漂うような、なのにどこまで落ちていける感覚。ボクは今、異次元にいた……)」
アリスは目を閉じ、精神を異なる空間に旅立たせた。
そうでなければ、全身に走る感覚に、心を支配されてしまう。
アリスはカチューシャをとると、メイド服を脱ぎ捨てた。靴下も問題なく脱げた。
あとは、下着だけだった。
両手の親指を薄いショーツの両端へ通した。
「(ボクは異次元、ボクは異次元、ボクハイジゲン)」
アリスの息が荒くなる。意識するなと言われても、無理だった。
改造メイドは普通の人間より五感が強化されている。全身の触感はより敏感になり、かすかに触れるだけでも強く感じてしまう。
「(ボクは……ボクは…………ボクは……………)」
アリスの紅潮した体から、湯気が立った。
アリスのショーツを握る手が震えた。
「(ボクは………ボクは、スケベじゃなあぁあああああいっ!!!)」
アリスはカッと目を見開いた。
素早くショーツを足から抜き払い、ブラジャーも手早くホックを外した。
「はぁ、はぁ……よしっ!」
アリスはふっきれた。
さっきまでは、女の体の感覚と、慣れない衣装の感覚が相乗効果となって、アリスのアイデンティティをことごとく痛めつけていた。
だがアリスは、男としてのプライドを捨て、感覚を受け入れることで痛みを克服した。
それは、アリスが女としての一歩を歩んだ瞬間でもあった。
「あははは!ボク、スケベじゃないからパンティーはいちゃうし、ブラジャーつけちゃうもーん!!」
アリスはかつての自分を押し殺すように声をあげた。
宣言することによって、自分が女の体になったことをしっかり受け止め、認めてあげるために。
自分だけの、たった一つの体を。



アリスはシャワーを浴びると、心地よさに心理的な安心感も得ていた。
ここに辿り着くまでにあった、辛い現実を洗い流しているかのようだった。
それでも、体そのものは変わらない。
むしろ綺麗になればなるほど、その女性的な柔らかい肉体が際立っていく。
アリスはそれまで感じていた恥ずかしさを抱くよりも、ショックの方が大きかった。
もう、この体で生きていくしかない――――。
変え難い事実は耐えがたい。
受け入れたいと思っているのに、心のどこかで反発している。
その理由を、アリスは理解できないでいた。
きっと、慣れないせいだろう。もっと、この体を好きにならなくては。
そう考えて、気持ちを押し込めるのだった。
「おーいアリスぅー!ここの制服で悪いけど、着替え置いといたから!」
「あ、はい!ありがとうございます!」
アリスはシャワーを止めると、風呂から上がる。
バスタオルを取ると、長い髪をくしゃくしゃにしながら拭いていく。
「(こ、これがハナミさんの用意した服……!?)」
アリスは瞠目する。
そしてその服が意味することは、この喫茶店がただの喫茶店ではないということだ。
アリスはいそいそと着替えた。

アリスは店の奥から慌ただしく現れる。
「ちょ、ちょっとハナミさん!なんですかこの制服!」
登場したアリスの全身は輝きを放ち、シャボンのような淡い背景空間を纏うとともに、なめらかなハープの音が聞こえた。
「何って、メイド服だけど?」
「だだだ、だってこのメイド服、スカート短すぎっ!
ボク、膝下じゃなきゃ認めません!」
アリスは必死にスカートの裾を引っ張っていた。そうしても、今にもスカートの中身が見えてしまいそうだった。
瞳を潤ませるアリスに、ハナミは溜息をついた。
「そんなにイヤなら着なければいいじゃないか」
「それは、その……改造メイドの宿命か、メイド服を着てないと落ち着かないからというか……」
言い訳するアリスに、ハナミは無感情に言い放つ。
「着てみたかったんだろ?」
「ち、ちがっ、こんなえっちぃメイド服、ボクは認めないっ!」
「全否定しちゃうのに着るんだ?」
「ほ、他に着るのがなかったし、それにハナミさんのご厚意を無駄にはできないし、その……」
「ふーん。むしろさ、露骨にイヤイヤ着られる方がご厚意を足蹴にされている気分なんだけどなぁ」
「ち、違います!イヤイヤなんかじゃありません!」
「じゃ、着たくて着たんだな?」
「う、うぅ、そ、それはぁ……」
「正直に答えなさい」
「……はい。とってもかわいいメイド服だったので、着たくてたまらなかったです……」
「……よろしい!
さて、そんじゃアリス君には、うちで働いてもらいたいんだけど、お願いできるかな」
ハナミはにんまりと微笑んだ。
「あんた、行くとこないんだろ。ここの奥、部屋一つ空いてるから、そこ使いなって。
悪い話じゃないと思うんだけど、どうだい?」
「本当ですか!?それは願ったり叶ったりです!でも……」
アリスは目を逸らした。
「ボクはフリーメイドンと戦います。その戦いに、ハナミさんを巻き込むわけにはいきません」
ハナミは、ぽん、とアリスの頭に手を置いた。
「なぁに言ってんだよ。あたしだってね、さっちゃんのことで腸が煮えくりかえりそうなんだ。
あたしには直接戦う力はないけれど、アリス君をサポートすることで、戦う手伝いはしたい。
そんな思いなんだ」
「ハナミさん……」
アリスは嬉しかった。
自分ひとりだけが戦っているわけではないという事実が、嬉しかった。
こうして、アリスは『メイド喫茶赤リンゴ』の店員として表向き暮らすこととなったのだった。

オリジナルSS「メイドトレイター」2話

さて、少し間が空いてしまいましたが、オリジナルSSメイドトレイター2話です。一気に盛り上がります。
とりあえずようやく戦闘シーンありますので、その迫力をご覧くださいませ。

↓↓以下SS↓↓

前回のあらすじ
謎のスパイ『キリサキ』と共にフリーメイドンの秘密基地を脱出した栃乙女アリス。
通気ダクトを抜けた先は、どこともわからぬ森の中だった。無事に外へ出られたかに見えたが……!?

「なんだか、静かですね」
アリスはぽつりと呟いた。風がないせいか、木々の葉のこすれる音も無い。野生動物の鳴き声もしない。
せいぜい、自分たちが踏み倒す草むらの葉音がするだけだ。
あまりの無音に、ひどく不安になってしまう。
キリサキはアリスに微笑みかけた。
「大丈夫、方向はわかっている。このままうまく脱出してみせるさ」
アリスは深呼吸をすると、はい、と答えた。
さっさと歩くキリサキの背中が、とても頼もしく見えたのだった。



「首領様、ご報告します」
「どうした、メイド長?」
「栃乙女アリス、及び裏切り者であるスパイ、キリサキの居場所がわかりました」
「ほう、やっと見つけたか」
「どうやら通気ダクトを通り、地上のエリア208を基地の敷地外に向かって進行中です」
「なるほど。その辺りならば、我々が先回り可能だな。
しかし、我々の洗脳手術を施した者がなぜ裏切ったのか、不思議だ」
「どうやら、改造担当のメイドに不手際があったようです。キリサキは体も改造されず、我々の一般メイド服を着て潜りこんでいたようです。
このような事態をまねき、大変申し訳ございません」
報告したメイド長は深々と頭を下げた。
「面をあげい。改造担当メイドを『再教育部屋』へ連れて行け」
「さ、『再教育部屋』でございますか」
それまで表情ひとつ変えなかったメイド長が、目を丸くした。
フリーメイドンのメイド達にとって、『再教育部屋』はそれほどに恐ろしい場所なのだ
「そうだ。二度、言わすでない」
「ハハッ!かしこまりました!」
「それから栃乙女アリス達だが……訓練させていたプロトタイプがいたであろう。奴を向かわせろ」
「よろしいのですか。力の差がありすぎます。万が一の場合、貴重なストロベリーメイドを殺してしまうことに……」
「かまわん。奴には作戦プランCを伝えておけ。
もしストロベリーメイドが倒れるのであれば、所詮その程度だった、ということだ。
さぁ、奴を向かわせろ!」
「ハッ!ただちに!」



「よし、助けを呼べるポイントについた。レスキュー信号を送れば、すぐに助けが来る。もう安心だ」
「ありがとうございます。キリサキさんのおかげで、逃げることができました。
あの……キリサキさんは、本当に何者なんですか」
「……ここまで来られたんだ。そろそろ話してもいいだろう。
あたしは自衛隊特殊作戦群所属の隊員だ。
以前からフリーメイドンの活動を察知し、武力を持って制圧を試みた。
……だけど、惨敗だった。それほどに、フリーメイドンの改造メイドは強力だった。
だから、あたしはこうして内偵し、フリーメイドンの強さの秘密を探っていたというわけさ」
「……今の自衛隊の戦力でも、フリーメイドンには勝てないのですね」
キリサキは苦虫を潰したような顔になる。
「最初の小さい組織のうちに、絨毯爆撃とか毒ガスで殲滅できていればよかったさ。
でも、今の日本で、そんなことを大っぴらに実行できない。
あくまで歩兵による局所的な戦闘で、秘密裏に処理したいのが上の考えさ」
キリサキはため息をついた。
「相手の戦力を分析して、戦う手段を考えているうちに、フリーメイドンは世界中に支部を持つ大組織なった。
今となっては、奴らの改造メイド技術を盗むくらいしか、勝つ手だてがないのさ」
「それで、ボクに協力してほしいってわけだったのですね」
キリサキは静かに頷いた。
直後、森中に笑い声が響きわたる。
「キャハハハ!聞いちゃった、聞いちゃった!」
アリスもキリサキも、身構えて辺りを見回した。
だが、どこにも姿が見えない。
「へぇ~、そぉなのぉ~!こそこそ我々をかぎまわっていたのが、自衛隊のみなさんだったのねぇ~。
こぉ~んな大事なこと、首領様に報告しないわけにはいきませんねぇ~」
「くそっ、つけられていたのか!!?」
「くすっ。とぉーぜんでしょ~?フリーメイドンをなめちゃ、だ・め・よ?
さーって、まずは、邪魔なハエをたたき落とさなきゃねぇ」
アリスは言葉の意味が分からないでいると、程なく答えがやってきた。
激しいプロペラ音とともに、自衛隊のヘリが頭上に現れる。
キリサキは叫んだ。
「まずい、来るなっ!!」
「えいっ♪」
次の瞬間、何か細いものが数本、ヘリへ向かって一直線に伸びた。
それはいとも簡単にヘリを串刺しにした。
あっという間にヘリはコントロールを失い、くるくると回りながら墜落した。
爆発とともに散らばる破片が、絶望となってアリス達に降り注いだ。
轟々と燃えさかるヘリの残骸を背に、キリサキの怒号がとぶ。
「どこにいるっ!?でてきやがれっ!!」
「うふふふ……」
どこかの木の枝が、がさっと動いた。
かと思うと、アリス達の前に、緑色のメイド服を着た改造メイドが着地した。
アリスは、そのメイド服に驚いた。フリーメイドンの一般メイド服とは、まるで違うデザインだからだ。
「気をつけろ、アリス!こいつは、あなたを生み出すために作られた、合成メイド怪人のプロトタイプよ!」
「あらん、お詳しいのねぇ~。さすが、今まで改造を免れてきたスパイさんだわ~。
それじゃ、メイドの土産ならぬ冥土の土産に、自己紹介してあ・げ・る♪」
彼女はそれまでのゆったりした表情から、きりりと力が入る。
「私はフリーメイドンの忠実なるメイドにして、メロンとの合成メイド怪人、貫美メロ子よ!」
言い放った合成メイド怪人・メロ子の言葉は、姿を見れば誰もが納得のいくものであった。
メロ子のメイド服は緑色だが、白い編み目模様の筋が入っている。
エプロンはメロン独特の白っぽい果肉のグラデーションに一致していた。
加えて、メロンと呼ぶに相応しい豊満な胸部に、アリスは元男だからであろうか、目が釘付けだった。
「でも、メロンと言えば夕張では……」
アリスの素朴な疑問に、サービス精神旺盛なメロ子は答える。
「あらん、残念でした~。わたしぃ、赤肉じゃなくて青肉系なのぉ。首領様の好みでぇ、そっちの有名な品種とあわせていただいたのぉ~!」
「な、なるほど……!」
「アリス、納得している場合じゃないぞ!」
身構えていたキリサキを見て、アリスははっとする。
「遅い!」
メロ子の両手がみるみる緑色になり、指が細長い蔓に変形する。
そのまま両腕を振りかぶると、蔓になった指が鞭のように襲いかかった。
「飛べっ!」
「うあぁ!!?」
二人は左右に飛ぶと、かろうじて鞭の固まりをよけた。
だが、まだ二人が飛んでいるさなかに、メロ子はニヤリと笑みを浮かべる。
「それで、かわしたつもり?」
メロ子は踊るようにして腕を振り回す。
すると地面に叩き付けられたはずの蔓が、複雑に跳ね回った!
アリスは目を見開くと、咄嗟に体を丸め、両腕を顔面
でクロスし、ガードする。
「う、あっ!ぐ、わっ、ああああっ!!!」
ところが無防備な背中を打たれてのけぞってしまい、かと思えば腹の一撃に体を丸くしてしまう。
蔓の衝撃は、まるで金属バットのフルスイングだ。
いくら防御に徹していたとはいえ、あらゆる角度から襲いかかる蔓を防ぐことはできず、かなりのダメージを受けてしまう。
ようやく着地したときには、全身に擦り傷を負い、メイド服はぼろぼろに破かれ、血に塗れていた。
片膝をつきながら、全身の痛みに耐える。
「う、ぐぐ……」
アリスは内股になりながらも、なんとか立ち上がる。
目に写ったのは、触手のようにうねる手をぺろぺろと
舐めるメロ子の姿だった。
メロ子は舌を口にしまうと、血の口紅で化粧をしたようになった。
「さすがぁ、合成メイド怪人ねぇん。普通の人間ならいまごろ死んでいるわよぉ~。
ほらほら、あっちの裏切りものなんかぁ、虫の息ですものぉ」
アリスはメロ子の指さした方に視線を向けた。
そこには、血塗れのままうつ伏せに倒れ、ぴくぴくと
痙攣するキリサキの姿あった。
「キ、キリサキさん!?」
「ふふ、すぐにあなたも、ああやって寝かせてあ・げ・る♪
でもぉ、そのまえに首領様の命令でやらなければならないことがあるの~♪」
すると、メロ子は触手と化した手を元に戻し、エプロンとスカートの間をごそごそとさぐると、スマホを取り出した。
メロ子はアリスへと近づきながら操作し、ちょうどアリスの目の前に来ると、スマホの画面が見えるように突き出す。
「これをご覧くださぁい」
「えっ……飛行機……?」
画面に映っているのは、空の快適な旅の真っ最中であろう、旅客機だった。
きょとんとするアリスに対し、メロ子は最高に意地の悪い笑みを浮かべた。
「たしかぁ、アリスちゃんの家族って海外旅行中なんですってねぇ~」
アリスは青ざめた。
「ちなみに、この『爆発』って文字が書いてあるでしょ~?これをタップするとね、と~っても綺麗な花火があがるんですってぇ~。
ねぇ、アリスちゃんも花火、みたいかしらぁん?」
「ひ、卑怯なっ!いったい、何が望みなんだ!」
「うふふ、理解が早くて助かるわぁ~。あのね、首領様の話では、アリスちゃんがフリーメイドンに忠誠を誓って、洗脳改造を受けてくれると、飛行機は無事に到着できるんですってぇ!」
「そ、そんな取引……!」
「あらん、そんな態度でいいのかしら~?『爆発』を押すかどうか、私の気分なんだけどぉ?」
「うぅ、ボクはどうすれば……!!」
アリスは拳を握りしめ、奥歯を噛みしめる。
すると、掠れた声でキリサキが必死に述べた。
「だ、だまされるな、アリス……!奴らが、そんな、約束、する、はずが……ぐ……いいか、フリーメイドンにとって、君の体を解析されるほうが、脅威なんだ……だから、それを阻止するためなら、奴らは……!」
「キリサキさん……」
「ふん、死に損ないがおしゃべりだこと。でも邪魔をするなら、さっさとトドメをさしちゃうんだから」
メロ子の片手が再び蔓になると、指一つ一つが、今度は鋭く長く、堅い針のようになる。
そのまま一気にキリサキへ指を延ばす。
キリサキは四肢を貫かれ、体を持ち上げられた。
「ぐあああぁぁぁっ!!」
「さぁて、アリスちゃんへサービスしちゃうわぁ。
アリスちゃんがもう一度フリーメイドンに忠誠を誓えば、この子も助けてあげるわぁ。
それから、首領様はね、あなたの家族も洗脳しないと言っているわぁ~」
「ほ、本当!?」
アリスの心は揺らいだ。
キリサキさんを助けられるなら、家族を助けられるなら、それでいいかもしれない。
だけど、キリサキさんの言うように、自分の体がフリーメイドンを倒す切り札になるかもしれない。
自分の悲しみを回避するために、たくさんの人を悲しませていいものか。
悩むアリスに、キリサキはなんとか言葉を伝える。
「だ、だまされるな……!たとえフリーメイドンが、何もしなくとも、洗脳後の君は、家族に対して、どうすると思う……!?」
アリスは得心した。
フリーメイドンに改造されたメイドは、他人を自分と同じフリーメイドンの改造メイドにしてしまう。
たとえ家族であっても、一切の躊躇はない。
アリスは、フリーメイドンのやり方に恐怖を抱いた。
しかし、それ以上に怒りが込み上がる。
確かに、フリーメイドンの組織としては、今の約束を守るだろう。
だが、洗脳後のアリスは、嬉々として家族を洗脳してしまうに違いない。
「ボクを洗脳さえできれば、約束を守る気なんて、なかったんだな!」
「うふふふ……アハハハ!」
メロ子はひと笑いすると、肩を落とした。
「はぁ、もうこの茶番もおしまいなのねぇ。
それじゃ、価値のなくなった人質がどうなるか、ご覧くださ~い」
「な、ま、待てっ!」
メロ子は躊躇無く『爆発』をタップした。
画面に写っていた飛行機は、跡形もなく爆散した。
「あ、あ、ああああぁぁあっ!!!」
アリスは声にならない叫びをあげてしまう。
アリスの家族は今、死んだ。
父も、母も、妹も。
「さぁて、遅かれ早かれ、こうなるとは思っていたのよ」
メロ子はキリサキを思い切り投げ飛ばした。
「私ねぇ、プロトタイプってことで、あなたの前座みたいな立場だったの。
でもねぇ、首領様があなたを倒せば、合成メイド怪人1号として認めてくれるって仰ったわ。
私の気持ち、おわかり?」
メロ子はスマホを投げ捨てると、両手を針のように変形させる。
アリスは光を失った目で、転がるキリサキを見た。
もう、痛みに痙攣する様子もない。
アリスは転がるスマホを見た。
もう、何も写っていない。
目の前で、全てを失った。
「(どうして、こんなことに)」
アリスは疑問を浮かべるたびに、胸に悲しみが広がっていく。
どうして、どうして、どうして……。
広がった悲しみは、みるみる別の感情へと変換された。
それは――怒り。
フリーメイドンに対して、メロ子に対して向けた、底知れない、怒り。
俯いていたアリスが、全身に力を込める。
すると、体中から眩い光を放ち、激しい波動が周囲に放たれる。
草は放射線を描くように倒れ、木々は台風でも来たように騒ぐ。
「な、なによこの子!?」
思わず髪を押さえるメロ子が見たのは、黄金に輝くアリスだった。
「……許さない!」
アリスはメロ子を眼力でたじろがせた。
そのまま両手を胸の前に持って行くと、全身からあふれ出る波動をそこへ集中させた。
「なに、あれは、イチゴ……?」
集中した波動はイチゴの形となっていた。
アリスは体を屈めて振りかぶると、放った。
「ストロベリー……フラァァァァッシュ!」
地面をえぐり、大気を振るわせながら、イチゴの波動はメロ子に突撃した。
「ちょ、ちょっとなによこれ、なによこれぇえええ!!!?」
イチゴの波動はメロ子を飲み込むと、巨大な爆発を起こした。
しばらくして爆煙がおさまると、半球にえぐれた地面の中心に、メロ子が立っていた。
アリス以上にぼろぼろの姿で、最後の力で立っていた。
メロ子はアリスを睨むが、次の瞬間、体が内側からボコボコと膨らんだ。
よく見ると、血管が破裂しそうなほどに膨らんでいる。
「ちく、しょう……ふ、フリーメイドン……ばんざぁぁい!」
メロ子は天を仰いだ直後、倒れ、体が爆発した。
それを確認したアリスは、ぺたんと鳶座りになる。
自分の手を見て、自分が何をやったのか何度も反芻し、理解しようとした。
「(今、必殺技が自然と浮かんだ。そして、ボクは必殺技でメロ子を…………)」
アリスは頭をふって考え直した。
アレは人間ではない。フリーメイドンの改造メイドだ。人類の敵だ。そう思いこむことで、深く考えないようにした。
アリスはキリサキの元へ駆け寄った。
キリサキは既に、目も半開きにしか開かず、ぴくりとも動かない。アリスが抱き上げた体は、とても冷たかった。
「キリサキさん…………」
アリスの目から、すぅーっと涙が流れた。
怒りで押し殺していた悲しみが、一気に解放されていった。
「う、アリ、ス……」
「キ、キリサキさん!大丈夫ですか、キリサキさん!」
「さす、がだな、あんた、さいこう、だぜ……。
あた、しは、もう、だ、めだ……」
「いやだ、いやだよぉ!ボク、自分一人じゃどうしていいか、わかんないよぉ!」
「へ、だい、じょぶ、あんた、やれる、もっと、自信、もて……こ、これを……」
キリサキは最後の力を振り絞り、懐からカードを取り出した。
それは、『霧島咲弥』と書かれた顔写真付きIDカードだった。
「もし、なにか、あったら、裏に、メモ……が……あと…………たの……だ」
キリサキは目を閉じ、うなだれた。
「キリサキさん……!?キリサキさん!キリサキさんっ!キリサキさァァァんッ!!」


朝日の強い光は、夜通しのアリスには少しきつかった。
それでも、崖の上から見下ろす世界と、そこから上る太陽のフレームは絶景であった。
「(ここを選んでよかった。そうだよね、キリサキさん)」
アリスは朝日に照らされた、十字の木の枝に微笑んだ。
再び目に涙がたまり始めるのは、眩しいからではない。
「ありがとう、キリサキさん。ボク、かならずフリーメイドンの野望を阻止してみせるよ。
フリーメイドンを倒したその時は、必ずまたここに来る。だからそれまで、ゆっくり寝ていて。
本当に、ありがとう。そこでボクのこと、見守っていてね」
アリスは昇る朝日をバックに、この場を旅だった。
フリーメイドンの合成メイド怪人、ストロベリーメイド、栃乙女アリス。
彼女の孤独な戦いが今、始まった――。

オリジナルSS「メイドトレイター」

久々にオリジナルSSです。
内容を3行で言うと。

ストロベリーメイド・栃乙女アリスは改造メイドである。
彼女を改造した秘密結社「フリーメイドン」は人類をメイドに変えて服従させようと企む悪の組織である。
アリスは、人類をメイド化の恐怖から救うために、フリーメイドンと今日も戦う!

という内容です。(おもいっきり仮○○イダーやん)
と言っても、一話目なので直接戦いませんが。
それでは、どうぞ。

↓↓↓

1話:失われた自分
インターネット上で、メイドの話題になると、さっそうと現れる一人の人物がいた。
その名は≪栃乙女アリス≫。
メイドの歴史や作法の解説はもちろん、服装デザインの評論にも一目置かれる、スペシャリストだ。
栃乙女アリスは、本名ではない。
あくまでメイドを語る時の仮名にすぎない。
現実の本人は、一見すると冴えない男子高校生だ。
休みは家にいて、パソコンにかじりついてばかりの男子である。
彼は、人一倍、メイドについてポリシーのようなものがあった。
彼にとってメイドとは、雷に打たれたくらいの電気が走るほど、心揺さぶる特別な存在だ。

ある日、いつものように彼が自室に籠り、パソコンの前でメイドについての評論のチャットを交わしていたときだ。
「ククク、見つけたぞ、栃乙女アリス!」
キーボードを叩く手を止め、机に膝がぶつかるほどの勢いで振り返る。
驚くのも当然だ。
部屋には、一人しかいない。
いや、部屋どころか、家の中に一人しかいない。
家族は全員海外旅行に出ており、まだ帰ってくるはずがない。
玄関の鍵を閉め、窓はカーテンも締め、昼間から薄暗い部屋で一人、パソコンに向かっていたのだから。
誰かが入ってくるはずなんて、ない。

「誰だ……!?」

かすれた声で、不気味な声の主に問いかける。
怪しげな高笑いの後、エコーのかかった声が放たれる。

「我々は君を捜していた。噂に聞くメイドに情熱をかける人物が、なるほど、こんな男とは思いもよらなんだ。
だが、そんなことは些細な問題だ。
こうして見つけたからには、さぁ、我々と来てもらおうか」

「い、いやだっ!なんなんだ、おまえは!?」

「我々のことが知りたいかね?
クク、おとなしくついてくればわかるさ。
安心したまえ、悪いようにはしない」

「おまえのような得体の知れない奴の言うことなんか、聞けるものか!」

「……そうか、それは残念だ。
だが君に拒否権はない。我々にはどうしても君の力が必要なのだ。
気の毒だが、手段は選ばない主義でね」

すると、ガスが抜けるようなしゅーという音が、部屋のところかしこから聞こえ始める。
奇妙な青い煙が部屋を包んでいった。
とたんに、睡魔に襲われた。
イスから倒れ、重くなる瞼を必死に開けようとする。
おぼろげな視界と意識のなか、瞳にはガスマスクをつけたメイドさんが数人写った。

目覚めると最初に、見知らぬ天井が見えた。
配管やダクトが無数に絡み合い、ケーブルがいくつも延びていた。
天井も壁も、白い無機質な金属でできていた。
体を動かそうとすると、太いベルトが体はもちろん手足をも縛っていた。

「おはよう、栃乙女アリス君。どうだね、気分は」

「ここは……」
まだ朦朧とする意識の中、黒いマントを羽織、角の生えた仮面を付け、『怪しい』を体言した人物が立っていた。
すぐに意識が覚醒した。咄嗟に体が逃げようとした。ぐっと体に力を入れるが、ベルトの力が強く、まるで身動きがとれない。

「元気なようで安心したよ。
はじめまして栃乙女アリス君。そしてようこそ、我が城へ」

「な、何だ、僕をこんなところへ連れてきて、どうするつもりだ!?」

仮面の人物はマントから手を出すと、自分の胸に手を当てた。
「そう怖がらなくてもいい。まずは、我々の自己紹介をしよう。
我々はフリーメイドン!私はその首領と名乗っておこう!」
仮面の人物――――フリーメイドンの首領は、ゆっくりと歩きながら語り始めた。

「我々フリーメイドンは、全人類をメイド化するために、世界中で活動をしている。もちろん、表向きには知られていないがね。
なぜ、全人類をメイド化しなければいけないのか。ふふん、知り足そうな顔をしているね。
考えてみたまえ。
世界から戦争はなくならないし、環境汚染は止まらない。
食料難に始まる人口問題もそうだ。
こういったグローバルな問題を、我々が全人類を管理することで解決しようと考えている。
そのために、全人類を我々フリーメイドンに従属するメイドに改造し、洗脳する!どうだ、素晴らしい世の中が作れるだろう!」

「なんて恐ろしいことをっ!そんな勝手な言い分でっ!
だいたいにして、メイドをそんな事に利用するなんて、許せない!
おまえたちのやることは、メイドではなくただの奴隷を作ることだ!」

「君の主張を聞くつもりはない。
なにせ、これから始めるメイド改造手術によって、君は我々の組織に従順なメイドに生まれ変わるのだからな」

「なんだって!?」

首領が指をパチンと鳴らすと、入り口と思しき壁が左右に開く。
中からは、ナースキャップを被ったメイドさんが数人現れた。
手術器具を入れたカートを押す者、箱型の装置を運ぶ者。
彼女らはそれぞれの道具を配置し終えると、首領の後ろに整列した。

「ご苦労」

「はい、ご主人様」
「はい、ご主人様」
「はい、ご主人様」

全員が同時に、まるで機械のように返事をした。
首領は、マントを広げて言い放つ。

「フハハハ!我々は以前から君に目を付けていた。君にはメイドとしての素質がある!
我々の手術を受ければ、並のメイドとは比べものにならないパワーを得るはずだ!
だからこそ、我々の改造を受け、世界メイド化のために、身も心も捧げてもらう!」

「おまえたちの言いなりになんて、なるものか……!」

「フン、どうとでも言うがいい!改造が済んだら、ただちに洗脳してやる。そうすれば、貴様の意志など完全に消え去るのだ!」
首領の背後にかまえていたメイドたちが、すばらしいわ、さすが首領様、と賞賛の声を上げる。
彼女らは完全に洗脳されているらしく、首領を見つめる目は陶酔しきっているのがわかった。

「さて、始めようか。
なに、安心したまえ。我々の手術ならば、どんな男でもメイド服の似合う可憐な少女へ生まれ変わることができる。
君にとても似合うメイド服も用意しよう。
クククク!クハーハッハッハッハッハ!」

首領は高笑いとともに、外へ出ていった。
残されたメイドさんたちは、笑顔で作業を始めた。

「すぐ終わりますからねー」
「痛くありませんからねー」
「動かないでくださいねー」

それまで怒りに隠れていた恐怖が、全身を覆っていく。

「よせ、触るな!やめろ、やめてくれ!」

「静かにしてくださいねー」
「暴れても無駄ですよー」
「恐いことないですよー」

「この、触るなって、この、放せ、は、むぐっ!!」

よほど五月蠅かったのか、猿轡をはめられてしまう。
そして、一人のメイドさんが注射器を取り出す。

「これを打てば、すぐに気持ちよくなって眠ってしまいます。
そして、目が覚めた時には、私たちと同じメイドになっています。
だから安心して、手術を受けてくださいませ」

「安心などできるか!家族の同意書もないくせに!
おい、やめろ!それを近づけるな、やめろって!やめろ、やめ、あ――――っ!」
途端に、意識は遠のいていった。

再び目が覚めると、先ほどと同じ場所が目に飛び込む。
こんな場所へ連れてこられたのは、全部悪い夢だ。
そう思いたかったのに、耳に響く機械音と、強烈に鼻をつく、古いお屋敷を髣髴とさせるアンティークな匂いが、現実を叩きつける。
五感が戻ってくると、全身に違和感があった。
胸のあたりに膨らみを感じる。
なんとなく、手足が細くなったような感覚もある。
加えて、なんだか股の下がスースーする。
周りに誰もいないか確認すると、恐る恐る、顔を上げて自分の体を見た。
そこには、メイド服を着た少女の体があった。
メイド服は半袖膝丈のワンピースで、イチゴ柄が特徴的だった。
エプロンがアリスタイプなのも含め、きっと名前にちなんでいるのだろう。
他には、肘の手前ぐらいの長さの、エプロンと同じくらい真っ白な手袋をしている。
両足は同様の白いニーソックスを身に着け、スエードブーツを履いていた。
最後に、直接は見えないが、頭を締め付ける感覚は、間違いなくカチューシャをしているからだろう。
メイドに改造されてしまった。
アリスは驚きや怒り、恨めしさや落胆よりも、美しいという感情が巡った。
状況はどうあれ、メイド好きにはたまらないクォリティの代物であったからだ。

アリスは、ぐっと目を閉じた。
今はそんなことを考えている場合ではない。
まだ頭は洗脳されていないのだから、なんとかここを逃げ出さなければ、と決意した。
まるで身動きが取れないでいると、壁の奥から話し声が聞こえてきた。
どうやら、首領とメイドが話をしているようだ。

「彼女の改造は終わったのかね?」
「いえ、まだ洗脳が完了していません。体はそろそろ馴染んだ頃合いかと」
「そうか。ククク、試作したイチゴとの合成メイドを早く見てみたいものだ」
「合成メイドは大変良い出来と存じます。
我々一般のメイドと違い、他の遺伝子と掛け合わせることで特殊な能力を使えます。
それゆえ、常人を上回る能力を持つ我々メイドを、あらゆる面でさらに上回っています」
「そんなことはわかっておる。
問題は、その能力を発揮できるのかどうかということだ」
「必ずやご期待に添えるものとお約束します」
「がっかりさせるなよ、メイド長」

二人が部屋に入ってくる気配を悟ったアリスは、目を閉じて眠っているふりを始めた。

「どれ、姿はどんなものか。
ほほう、これはなかなか、かわいらしいメイドに仕上がったな。
さすが噂に聞こえた栃乙女アリスだ。我々のメイド改造技術もさることながら、素材が良くなくてはこうもなるまい。
ハハハハ!今から奉仕させるのが楽しみだ!
さぁ、メイド長よ、洗脳を済ませるのだ」

「かしこまりました。
では、拘束を解除して洗脳室へと運びます」
メイド長が端末を操作すると、体を縛っていたベルトのようなものが一斉に外れる。
――――チャンスは、今しかない!
アリスはぱちりと目を開け、寝かされていた手術台から飛び上がった。

「なんだとっ!?」
「そんな?!」

アリスはしてやったりと笑みを浮かべつつ、内心では自分自身に驚いていた。
手術台から寝たままの体制で飛び上がったうえ、着地もまったく問題なかった。
こんな動きができるとは思わなかった。
改造された体は、明らかに身体能力が上昇していた。

「ボクは、あなたたちに洗脳されるつもりはない!」
アリスはハイトーンの愛くるしい声で宣言すると、出口に視線を合わせ、突進した。
先ほどのジャンプでわかっていた。この体なら、突破できると。
アリスの光線のような体当たりは、易々と出入口を吹き飛ばした。
部屋の外は、長い廊下が続いていた。
一定の距離ごとに明りがあるものの、奥がどうなっているかは見えない。
だが、アリスはすぐさま廊下を駆け出した。

「おのれ……!
えぇい、何をやっておるか!
早く奴を捕らえよ!」

「ハハッ!」


「…………」
アリスは自分の体に再度驚いた。
全力疾走しているのに、まったく息が切れない。
「(これがフリーメイドンの、改造メイドの力……)」

廊下の明りが、それまでの昼白色から赤い回転灯に変わる。
けたたましいサイレンが響くと、先ほどのメイド長の声が響き渡る。

「改造直後のメイドが逃げました。
皆様、直ちに捕まえてください。
特徴は、イチゴ柄のアリスメイド服を着用しています
繰り返します、改造直後の――――」

アリスは不意に立ち止まった。
それは、廊下沿いにいくつもある部屋の一つが開いたからだ。
すぐに体が臨戦態勢となる。
しかし、その勢いは、肩透かしを食らう。

「おい、あんた!」
アリスよりも10は上だろうメイドが、扉を小開けにして手招きしていた。
罠かもしれないとも思ったが、見つかったのなら仲間を呼ばれるはずである。
そう判断して、すぐに彼女の意思に従った。

「ここなら、見つからないだろうさ」
「あなたは?」
フリーメイドンのメイド服に身を包む彼女を、アリスは怪訝そうに見つめる。
「訳あって詳しく言えないが、少なくともあんたの味方だよ。
逃がしてやるから、ここに隠れてな。
ええっと、栃乙女アリスさん?本名じゃないんだろう?」
「はい。アリスって呼んでください。
あなたは、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「あたしのことは、キリサキって呼んどくれ。
あたしも本名じゃない。コードネームってやつさ。
あたしはね、フリーメイドンを内偵するのが仕事。
所謂スパイってわけ」
「それで、どうしてボクを助けてくれたんですか?」
「君が必要だからだ。厳密に言うと、君の体が目的かな」
「そ、それはどういう……!?」
アリスは赤面し、思わず体を抱きしめ、後ずさる。
キリサキはくすりと笑った。
「変な意味じゃないよ。
君、あたしと違って列記とした改造メイドだろ。
しかし、洗脳はされていない。
だから、あたしたちに協力してもらえると思って助けたんだ」
キリサキは手近にあった椅子を二つ、並べた。
キリサキが座るのを見て、アリスも座ろうとする。
しかし、アリスはスカートが不自然に広がって降り曲がることがわかると、
一度立ち上がって尻に手をやり、しっかりと正して座り直した。
「ほほう、不慣れだね。さては、元々男だったか」
「はい。……その、こういう格好、見るのは好きですが、さすがに着るのは恥ずかしいです」
「はは、そうかいそうかい。かわいい坊やだねぇ。
ま、それはともかく。
あたし達はね、フリーメイドンと戦うために活動しているんだ。
戦うにはまず相手を知ること。だからフリーメイドンの強さの秘密を探っていたんだ」
「強さの秘密って?」
「フリーメイドンに改造されたメイドは、普通の人間の何倍もの力を発揮できるんだ。
訓練した軍人でも、一対一じゃ成す術もなくやられるくらいにね。
で、どういう改造を人間に施しているのか、研究するためのサンプルがいる。
うまく洗脳されたフリをして、長期間忍び込んではいるんだけど……なかなか機密部分には近づけなくて。
そこへ君が現れたというわけさ。
君に協力して欲しい。
君の体を解析して、フリーメイドンの強さの秘密を暴きたいんだ!」
「ボクで協力できるなら、ぜひ!こんな体にされて、奴らを許してなるものか!」
「協力してもらえるようだね。一緒に、フリーメイドンの野望を打ち砕こう!」
「はい!」
けたたましいサイレンが、再び鳴り響く。
部屋のスピーカーから、メイド長の声が流れた。
「皆様、逃げたメイドは個室1602に居ることがわかりました。
そこに、我々に反逆を目論んでいるメイドも一緒に居ます。
共に捕らえてください」

「ちっ、見つかったか!」
「ど、どうやって逃げますか!?」
「大丈夫……そこから逃げるよ!」
キリサキが指さしたのは、天井のダクトだった。
廊下から、大人数の足音が聞こえる。
迷う暇は無い。
アリス達はすぐにダクトへ飛び込んだ。

ダクトをかなりの時間移動した。
息が詰まりそうになったころ、ようやく地上へと出る。
地上はもう、満点の星が輝いていた。
そこは、どこともわからない森の中だった。
周囲に人影はなく、野生動物の気配すらなかった。
ひどく静かな森が、かえって耳を痛くした。

「さぁ、早く逃げるよ」
アリスは黙って頷いた。
返事をする気力がなくなっていた。
アリスは脱出した安堵のせいか、それまで気にしていなかった自分が失ったものの重みを、ようやく感じていた。
こんなメイドになってしまっては、今までの生活はできない。
高校に通うこともできない。
ネット上の存在でしかなかった「栃乙女アリス」そのものになってしまったのだから。
もう、自分は自分であって、自分ではない。
――――世界から、自分が消えた瞬間だった。
「どうした、さっきから急に元気がないな。
疲れたのかい」
「いいえ……。いえ、はい。少し疲れました」
「そうか。でも、もう少しがんばって歩いてくれ。
ここはまだ、フリーメイドンの勢力圏だからね」
「わかりました」
アリスは溜息にも似た深呼吸をすると、しっかり前を向いて歩き出した。
その姿を、フリーメイドンの監視カメラが捉えているとも知らずに。

つづく


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